歪んだ噂
噂は、最初は小さかった。
「山の国で、異変があったらしい」
それだけだった。
だが、噂というものは、
理解できないものを、理解できる形に歪める。
最初に見た者たちは、こう語った。
「兵が……立ったまま、石になっていた」
「一万以上……はいた」
それだけで、十分だった。
数は恐怖を生む。
理解不能な現象は、説明を欲しがる。
そして――
説明は、事実である必要がない。
次に、魔物の石像が見つかった。
オーガ。
獣人。
山に棲む、凶暴な存在。
それらが、人の兵と同じように、
同じ姿勢で、同じ時間に、石になっていた。
その瞬間、噂は変質した。
「……人間だけじゃない」
「魔物も、だ」
「敵も味方も、区別がない」
ここで、人々は一つの結論に飛びつく。
――呪いだ。
誰が、かけた?
答えは、すぐに決まった。
「暗曜帝国だ」
理由は、単純だ。
強いから。
怖いから。
そして、ちょうどいい悪役だから。
「魔王が怒ったんだ」
「逆らった国を、見せしめにした」
「王女は、囚われたらしい」
その“らしい”が、
いつの間にか、断定に変わる。
噂は、勝手に脚色されていく。
王女は、捕虜にされた。
王は、屈服した。
山の国は、実質的に滅びた。
誰も、王女が前に出た理由を知らない。
誰も、指輪の願いを知らない。
誰も、
彼女が自らを犠牲にしたという事実に、辿り着けない。
なぜなら――
その方が、楽だからだ。
もしそれが、
「一人の少女の選択」だと知ってしまえば。
人々は、考えなければならなくなる。
自分なら、同じことができるか。
守るために、何を差し出せるか。
そんな問いは、
生き延びたい者には、重すぎる。
だから、人々は言う。
「暗曜帝国の呪いだ」
「抗うな」
「目を合わせるな」
「山の国の二の舞になるぞ」
噂は、恐怖として定着する。
商人たちは、街で語る。
「見たか?
魔物まで石だ」
「つまり、力の差とかじゃない」
「世界そのものを、止められるんだ」
情報屋は、金の匂いを嗅ぐ。
「“逆らった国は、消される”」
その一文が、
どれだけ売れるかを知っている。
こうして、真実は埋もれていく。
願いは、呪いに変わり。
犠牲は、敗北に書き換えられ。
沈黙は、屈服と呼ばれる。
山の国は、
戦ってすらいない国になった。
だが、本当は違う。
世界を止めたのは、
魔王ではない。
呪ったのは、
暗曜帝国でもない。
一人の少女が、
「これ以上、死なせない」と決めただけだ。
だが――
その真実を知る者は、もう少ない。
噂は、歪みきった。
そして、歪んだ噂は、
世界を動かす力を持つ。
恐怖は、剣よりも強い。
呪いよりも、長く残る。
そうして世界は、
静かに――
暗曜帝国を中心に、傾いていった。




