魔王側近 第二位 ヴァンパイヤクィーン ――欲望は、血よりも静かに奪う
戦場は、完全な沈黙に包まれていた。
一万七千の兵が、
剣を振るうことも、
叫ぶこともなく――
灰色の石像となって立ち並んでいる。
その中心。
斧を携え、
凛と立つ一人の少女の像。
エルナ=グラディア。
願いによって世界を縛り、
代償として自らを差し出した存在。
勝利の証であり、
同時に、取り返しのつかない喪失。
その時、空気が変わった。
夜ではない。
闇でもない。
血の匂いを含んだ静寂が、
戦場を覆った。
空間が、ゆっくりと裂ける。
魔法陣も、詠唱もない。
ただ、
“在るはずのない存在” が、
そこに現れた。
黒いドレス。
白磁のような肌。
赤い瞳が、戦場を一瞥する。
――ヴァンパイヤクィーン。
かつては人であり、
自ら人であることを捨て、
永劫の夜を選んだ存在。
魔王側近・第二位。
その背後で、
アークデーモンが小さく肩をすくめた。
「……来たか」
クィーンは、ゆっくりと微笑む。
「ええ。
あなたがここまで追い詰められるなんて、珍しいわね」
声は柔らかい。
だが、その一音一音が、
周囲の温度を確実に下げていく。
彼女の視線が、戦場をなぞる。
一万七千の石像。
砕けた大地。
そして――
王女の像で、止まった。
音もなく近づき、
ゆっくりと、その前に立つ。
「……あら」
ほんの一瞬、
感情が揺れた。
「とても……綺麗」
指先で、石の頬に触れる。
冷たい感触。
完全な停止。
「願いで世界を縛ったのね」
唇が、楽しげに歪む。
「嫌いじゃないわ。
いえ……とても、気に入った」
アークデーモンが、低く問う。
「……戦利品か?」
ヴァンパイヤクィーンは、即座に首を振った。
「いいえ」
赤い瞳が、像を映す。
「私の屋敷に飾りたい」
それは、戦略ではない。
見せしめでもない。
純粋な蒐集欲。
「こういうものはね」
囁くように。
「玉座の間より、
静かな回廊に置く方が映えるの」
城壁の上。
山の国王は、その光景を見つめていた。
名を知っている。
――ルクレツィア=ノクティス。
四百年前、魔法国を震撼させた魔女。
処刑されたはずの女。
そして今、魔王側近・第二位。
だからこそ、声が出なかった。
ルクレツィアは、視線を上げる。
「提案するわ、山の王」
声は、優しい。
だからこそ、残酷だった。
「この王女の像を返して欲しければ――
従属しなさい」
王の指が、震える。
彼女は、淡々と続ける。
「拒否するなら、別の方法もあるわ」
「司祭を百人」
何の感慨もなく。
「生贄に捧げなさい」
「暗黒神の魔法を使えば、
石化は……解除できる“可能性”がある」
可能性。
希望という名の毒。
「答えは」
彼女は、ゆっくりと背を向ける。
「二年、待つわ」
「十分に悩みなさい」
「王として。
父として」
最後に、振り返り、微笑む。
「その間、彼女は――
私の屋敷で、大切に飾っておくから」
王女の像が、宙に浮かぶ。
血のように赤い魔力が、
像を包み込む。
エルナ=グラディアは、
何も語らず、夜へと運ばれていく。
誰も、止められない。
誰も、追えない。
相手は――
魔王側近・第二位
ヴァンパイヤクィーン
ルクレツィア=ノクティス。
夜が閉じる。
戦場には、風だけが残った。
山の国王は、ゆっくりと膝をつく。
兵たちも、武器を落とす。
泣き声は、ない。
叫びも、ない。
ただ――
心が、折れる音だけが
静かに、国を覆っていった。




