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『昔やっていたテーブルトークRPGの世界に転生し、精霊に好かれるところから始めます』  作者: ゆふぉん


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第四十話 水の精霊王

扉を越えた瞬間、空気が変わった。


湿り気――じゃない。

肺の奥に、冷たい刃を差し込まれるような感覚。


視界がひらける。


そこにあったのは、迷宮ではなかった。


白い砂浜。

波の音。

遠くまで続く水平線。


世界樹の内部にいるはずなのに、空は高く、海は広い。

現実味がありすぎて、逆に不気味だった。


「……迷宮、よね?」


サラの声が、少しだけ細い。


ユウトは答えなかった。


剣を握る手に力を込めた瞬間、

精霊王の剣が――いつもより静かだと気づいた。


(炎が……遠い)


火の精霊がいないわけじゃない。

だが、ここでは“中心”にいない。


海から立ち上る水気が、炎の気配を薄くしている。


(……水属性)


属性相性を、頭では分かっていた。


けれど、五十九層までの「無双」が、身体に残りすぎていた。

いつも通り踏み込めば、いつも通り終わる。

その癖が、油断を作っていた。


海が、動く。


波が高くなったのではない。

海面そのものが、盛り上がる。


水の柱が、形を持つ。


触腕。

一本ではない。十本でもない。

数えようとした時点で無意味になるほどの、無数。


水圧の塊が、こちらを“見ている”。


「……クラーケン」


サラが名を呼んだ瞬間、砂浜の温度が下がった。


水の精霊王。


制圧と拘束の権化。

戦うという行為そのものを、否定する存在。


触腕が、同時に襲いかかる。


空気が破裂し、砂がえぐられる。

直撃すれば骨も臓器も形を保てない。


回避は――間に合わない。


ユウトは反射で踏み込んだ。

“いつも通り”の回避――ではない。


足が、水面を踏んだ。


沈む感覚。

だが次の瞬間、足裏に薄い反発が生まれる。


「……沈まない?」


サラが息を呑む。


精霊術――

水上歩行ウォーター・トレッド》。


水を固める魔法じゃない。

水の精霊に、“通らせてもらう”だけの技。


完全な支配じゃない。

拒絶もされていない。


水面を蹴るたび、

波紋が一瞬だけ形を持ち、すぐに崩れる。


速度は出ない。

だが――沈まない。


その瞬間、頭の奥でカチリと音がした気がした。


二つのサイコロ。

六と六。


六ゾロ。


世界が、一瞬だけ遅くなる。


触腕の筋が見えた。

水の流れの“癖”が見えた。


そこだけを、抜ける。


水面を走るユウトの背後で、

触腕同士がぶつかり合い、水が爆ぜた。


「……っ!」


サラが息を呑む。


ユウトは息を吐く暇もなく、剣を構え直す。


(来る)


剣を振るう。


今度は回避じゃない。

攻める。


精霊王の剣が赤く灯る。


「――イフリート」


剣身に炎が走った。

刃から放たれる熱が砂を焼き、空気を揺らす。


イフリート解放。


一撃目。

炎の斬撃が水を裂いた。


確かに裂けた。

だが――裂けただけだ。


裂けた水は、即座に戻る。

蒸発したはずの水分が、海から補われる。


水は減らない。

海が、敵だ。


「……効いてる、でも……」


サラが言いかけて、口を閉じる。


致命傷にならない。

決定打にならない。


火は弱点ではある。

だが、ここでは“弱点”として成立しない。


水が、炎を弱めるのではない。

水が、炎の“意味”を奪っている。


クラーケンが、踏み込む。


――いや、違う。


海そのものが、前に来る。


砂浜が沈む。

足元が液状化し、足首が、膝が、腰が沈む。


踏ん張れない。

力が伝わらない。


触腕が絡む。


一本ではない。

二本、三本、四本。


腕。脚。胴。喉。


圧が増す。

骨が軋む。

肺が、潰れる。


(……やばい)


今までの無双が、音を立てて崩れていく。


剣術も、精霊術も、アイテムも。

“使う前に殺す”という前提が、ここでは通用しない。


(油断した)


視界が狭くなる。

息が吸えない。


ユウトは最後の力で剣を動かす。

だが水圧が、刃の速度を奪う。


(……死ぬ)


その瞬間、

ユウトは“もう一つの癖”を思い出した。


前世のTRPG。


危険な場面で、必ず最後に残していたもの。


――確定の奇跡。


六ゾロは一日三回。

今、二回目を切るのは――正気じゃない。


だが、ここで死ぬなら意味がない。


ユウトは、闇に沈みかける意識の底で、

静かに“振った”。


六と六。


六ゾロ、二回目。


圧が、ほんの一瞬だけ途切れる。


水の流れが乱れた。

触腕の結び目がほどける。


“死なない結果”だけが、強制された。


ユウトは水面を転がり、

砂浜へ叩き落とされた。


咳き込み、砂を吐き、

やっと空気を吸う。


(……生きてる)


だが、勝てていない。


クラーケンは、変わらず海の向こうでうねっている。

触腕が再び立ち上がる。


精霊王の剣の炎は、さっきより弱い。


(……水属性だと、火は弱い)


頭で理解する。


そして、胸の奥に冷たいものが落ちる。


(今までの無双は、迷宮が許してくれてただけだ)


砂浜の上で、ユウトは剣を握り直す。


サラの足音が近づく。


「……次は」


サラが短く言う。


「私が、やる」


ユウトは、頷くしかなかった。


六ゾロは、残り一回。


この海で使うなら――

逃げるためじゃない。


勝つ条件を見つけるために。


クラーケンが、再び海を盛り上げる。


六十層。


ここは、無双の続きじゃない。


生き残るために――

戦い方を、作り直す場所だ。


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