第4話 称号:亡国の王子
洞窟の奥で、水滴の音が続いていた。
ぽつり、ぽつりと、時間を刻むように落ちる音。
焚き火の炎は小さく、だが確かに熱を放っている。
俺は、濡れた服を乾かしながら、洞窟の壁を見つめていた。
「……この世界の話を、しておくわ」
サラが、静かに切り出した。
「あなたは王子だもの。知らなければならない」
俺は頷いた。
聞く覚悟は、できていた。
そのときだった。
視界の端が、かすかに揺れた。
(……来た)
意識を向けた瞬間、
頭の奥に“情報”が流れ込んでくる。
文字でも声でもない。
理解そのものが、直接届く感覚。
名前:ユウト・アル=エイン
年齢:12
称号:亡国の王子
剣術:1
精霊術:1(精霊王の剣の加護)
固有ギフト:ダブルシックス・ギフト残2
(一日三回、行動に対する裁定が最大結果になる)
――亡国。
その二文字が、胸に沈む。
第一王子ですら、もうない。
国は滅び、
王位を継ぐ順番も、意味を失った。
(……弟も、妹も)
思い出そうとしなくても、分かってしまう。
王城が落ちた夜、
逃げ出せたのは――俺だけだ。
あの炎の中で、
幼い声が聞こえなかった理由を、
もう理解していた。
家族は、
俺一人を残して、全て失われた。
(……だから、王子なんだな)
継ぐ王位はない。
守る王族もいない。
それでも――
王家の血だけが、俺に残った。
亡国の王子。
それが、今の俺だった。
「……ユウト?」
サラが、こちらを見る。
「今、何か見えた?」
「……ああ」
俺は、静かに答えた。
「俺の立場だ」
サラは、少しだけ目を細める。
「王位継承者、ではなくなった?」
「いいや」
俺は首を振る。
「王子だ」
「国を失った、ただ一人の王子だ」
サラは、何も言わなかった。
否定もしない。
慰めもしない。
それが、この世界の現実だからだ。
「この世界には、本来、十二の国があった」
サラは、地面に指で簡単な図を描く。
「人の国が七つ」
「剣の国」
「魔法の国」
「自由都市国家」
「砂漠の王国」
「水の王国」
「山の民の国」
「竜の国」
「それとは別に」
「エルフの国」
「ドワーフの国」
そして、最後に。
「……魔族の帝国」
空気が、わずかに重くなる。
「この世界は、ただ国が並んでいただけじゃない」
「十二の古竜がいた」
俺は、息を呑んだ。
「古竜は、国そのものを守る存在」
「契約でも、支配でもない」
「守ると決めたから、そこにいる」
それが、この世界の均衡だった。
「でも……」
サラの声が、低くなる。
「もう、その均衡は崩れている」
地面に描かれた図から、いくつかが指で消された。
「砂漠の王国は、滅びた」
「ドワーフの国も、滅びた」
そして――
最後に、はっきりと言った。
「剣の王国も、滅びた」
胸の奥で、何かが静かに折れる。
否定の余地はなかった。
城は落ち、
王は死に、
王妃も、王子も、王女も――残らなかった。
俺だけが、ここにいる。
ステータスに表示された称号が、
冷たく現実を突きつける。
亡国の王子。
それは比喩でも、誇張でもない。
事実だ。
「三つの国が失われた理由は、同じ」
サラは、はっきりと言った。
「古竜が、倒された」
国を守る存在が、殺された。
「あり得ない……」
「ええ」
「本来なら、古竜は人が挑んでいい存在じゃない」
「でも――」
サラの視線が、洞窟の闇へ向く。
「黒耀帝国ノクス=ヴァルド」
その名が、重く落ちた。
「魔族、人間、魔物を束ねる帝国」
「暗黒竜を従え、暗黒騎士団を持つ国」
「そして、古竜殺しを成した王がいる」
俺は、焚き火を見つめた。
「……だから、俺が残った」
家族を失い、
国を失い、
それでも生き残った理由。
「守るべき世界は、まだ七つ残っている」
「俺は、亡国の王子だ」
「だからこそ――
逃げ続けるわけにはいかない」
サラは、静かに頷いた。
「……剣王の息子ね」
洞窟の外では、
世界が軋みながら動いている。
だが俺は、
自分が背負うものを、はっきりと理解した。
王位はない。
家族もいない。
それでも――
王子として、生きる。
それが、今の俺だった。




