第三十二話 生存限界
第三十層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
――熱い、ではない。
削られる。
呼吸をするたび、体力が奪われていく。
立っているだけで、皮膚の感覚が鈍っていく。
「……近づくだけで、ダメージを受けてる」
サラの声は冷静だったが、事実を告げていた。
視界の先。
溶けた石の大地の中央に、それは立っている。
岩と炎で形作られた、巨大な人型。
炎の巨人。
ただの魔物ではない。
七つの街を滅ぼした伝説の巨人。
人の国も、交易都市も、聖域と呼ばれた場所も――
一夜で消えた。
倒された記録はない。
討伐の英雄もいない。
ただ、「封印された」とだけ語られてきた存在。
レベル9。
生きて対峙すること自体が、異常だった。
「まず、距離を取る」
サラは弓を引き絞る。
風を纏った一射。
だが――
矢は、届く前に燃え尽きた。
炎に触れた瞬間、灰になる。
「……普通の矢じゃ、届かない」
炎の巨人は、矢など意に介さない。
次の瞬間、
その巨体が、ゆっくりと両腕を広げた。
空気が、鳴った。
「来る……!」
広間全体が赤く染まる。
ファイヤストーム。
逃げ場はない。
防御も、耐性も意味を持たない。
本来なら――ここで終わりだ。
(……振れ)
ユウトの意識の奥で、感覚が弾けた。
六。
六。
六ゾロ。
理由は分からない。
ただ、世界が一瞬だけ“ズレた”。
炎の嵐の中に、
あり得ない隙間が生まれる。
ユウトは迷わず、そこへ飛び込んだ。
熱が頬を焼く。
だが、致命には至らない。
「……交わした!?」
サラの声が、信じられないという響きを帯びる。
だが、嵐は止まらない。
炎の巨人が、踏み込んだ。
床が溶け、衝撃が走る。
「ユウト、下がって!」
サラは精霊へ意識を向ける。
「――水よ、ウンディーネ!」
蒸気が噴き上がり、
炎の勢いがわずかに削がれる。
続けて――
「――風よ、シルフ!」
風が炎を押し流し、
水が熱を奪う。
それでも、完全には防げない。
削られる。
確実に、追い詰められている。
(……倒せない)
ユウトは理解した。
これは討伐戦ではない。
勝ち目のある戦いでもない。
生き残れるかどうか。
それだけだ。
炎の巨人が、再び腕を振り上げる。
次は――
もう、交わせない。
サラが歯を食いしばり、叫ぶ。
「……次で、終わるわ!」
その言葉が、重く響いた。
第三十層。
伝説の炎の巨人は、
まだ――倒れていない。




