第二十五話 第三階層――敗北
第三階層へ続く境界は、静かだった。
段差も、扉もない。
ただ、一歩踏み出した瞬間――世界が裏返る。
重力が、消えた。
足元の感覚が曖昧になり、
視界が、遠近を失う。
「……ここは」
ユウトが言葉を探す間もなく、
圧が来た。
第二階層とは比べ物にならない。
息を吸うだけで、肺が軋む。
影が、現れる。
数ではない。
形でもない。
**“評価する意思”**そのもの。
「来るわよ」
サラの声が、低く響いた。
「ここは――
失敗を許さない階層」
ユウトは剣を抜いた。
剣術レベル5。
基礎を削り、身体を書き換えた。
――通じるはずだ。
踏み込む。
一太刀。
だが、当たらない。
否。
当たっているのに、意味がない。
刃は、影を“通り抜けた”。
「……っ!」
二撃目、三撃目。
同じだ。
影は揺らがない。
評価は、変わらない。
ユウトは、歯を食いしばる。
「……精霊、力を――」
言い切る前に、
拒絶が来た。
音も、光もない。
ただ、存在を押し返される。
膝が、落ちる。
剣が、床に触れる。
「ユウト!」
サラが一歩踏み出す。
だが――
止まる。
彼女は、動けなかった。
「……っ」
第三階層は、理解している。
これはユウトの試練だ。
他者の介入を、許さない。
圧が、さらに増す。
呼吸が、できない。
視界が、暗転する。
(……ダメだ)
初めて、はっきりと思った。
(勝てない)
六ゾロも、ない。
奇跡も、起きない。
ここは、
逃げ場のない現実だった。
次の瞬間――
世界が、切り替わった。
衝撃はない。
痛みもない。
ただ、立っていた場所が消えた。
気づけば、ユウトは第一階層の入口に立っていた。
剣は、鞘に戻っている。
身体に、傷はない。
だが――
心だけが、重い。
視界に、冷たい文字が浮かぶ。
――第三階層・試練失敗――
強制退去
進行度:保持
サラが、ゆっくりと息を吐いた。
「……完全に、弾かれたわね」
「助けられなかった」
悔しさが、声に滲む。
ユウトは、首を振った。
「違う」
「助けられなかったんじゃない」
剣を見つめる。
「……助けちゃ、いけなかった」
サラは、何も言わない。
否定も、慰めもしない。
それが、正しいと知っているからだ。
第三階層は、
剣術でも、精霊術でもない。
覚悟を測る場所だった。
自分が、どこまで独りで立てるか。
世界を守ると口にしながら、
本当に背負えるのか。
ユウトは、深く息を吸った。
敗北は、終わりじゃない。
位置を示されただけだ。
(……次は)
何を捨て、
何を残すか。
世界樹のダンジョンは、
まだ、黙って待っている。
試練は――
ここからが本番だった。




