第二十話 ハイエルフ王の決断
精霊たちの光が、ゆっくりと薄れていく。
永久の森は再び静けさを取り戻したが、
そこに残った空気は、明らかに以前とは違っていた。
ハイエルフ王は、ユウトをまっすぐに見つめていた。
その視線には、試す色も、疑う色もない。
ただ――量り、決める者の目だった。
「……名乗ろう」
王は、静かに口を開いた。
「我が名は、エル=リーフェリア」
一瞬、森の空気が張り詰める。
「ハイエルフの王であり――
サラの父だ」
その言葉に、周囲のハイエルフたちが静かに息を呑んだ。
サラはわずかに目を伏せる。
王としてではなく、父として名乗ったことの意味を、誰もが理解したからだ。
ユウトは、黙って頭を下げた。
それは礼ではない。
敬意だった。
「ユウトよ」
エル=リーフェリアは続ける。
「お前は、まだ王ではない。
力も、足りぬ」
それは否定ではない。
事実の確認だった。
「だが――
世界は、待ってはくれぬ」
王は、ゆっくりと振り返る。
視線の先には、世界樹の幹があった。
あまりにも巨大で、あまりにも静かな存在。
「剣術と、精霊術を鍛えよ」
その言葉に、周囲がわずかにざわめく。
「短命な人族にとって、
三十年という時は――
恐ろしく長いであろう」
視線が、ユウトへ戻る。
「多くは、心が折れる。
多くは、志を失う」
「だが――
それでも進め」
「世界を守ると決めたのなら、
その重さごと、背負え」
王は、サラへと向き直った。
「サラ」
「……はい」
「お前に許可を与える。
世界樹の内へ入ることを」
空気が、凍りついた。
そこは、王族のみが入ることを許された禁域。
世界樹の内部に広がる異空間。
精霊が濃縮され、
外界とは切り離された、歪んだ世界。
ダンジョンと呼ぶほかない場所。
「誰一人として、
深部へ到達した者はいない」
王の声は、重い。
「時間の流れも異なる。
外の一年が、内では十年」
サラは、瞬時に理解した。
「三年……」
王は頷く。
「三年で、三十年分の修行ができる」
そして、はっきりと言い切った。
「それが限界だ」
三年。
外の世界では、黒曜帝国が動く。
精霊王の剣を狙う者たちが、確実に動き出す。
「間に合うかどうか、ではない」
王の声が、低く響く。
「間に合わせねばならぬ」
サラは、拳を握りしめた。
恐怖がないわけではない。
世界樹の中は、生きて戻れる保証すらない。
だが――
ユウトを見て、迷いは消えた。
「……行きます」
サラは、はっきりと告げた。
「ユウトを導くと決めました。
世界を守るために」
エル=リーフェリアは、静かに目を閉じ、深く頷いた。
「ならば行け」
「世界樹の中で、
精霊に選ばれる資格を示せ」
王の視線が、ユウトに戻る。
「生き残れ」
「それが、
王になるための最低条件だ」
世界樹が、わずかに脈打った。
扉は、まだ開いていない。
だが――道は、示された。
三年。
三十年分の修行。
世界が崩れる前に、
ギリギリで間に合う計算。
ユウトは、静かに息を吸った。
(……やるしかない)
これは逃げではない。
世界を守るための、最後の準備だった。




