第2話 亡国の第一王子とハイエルフ
目を覚ましたとき、
最初に感じたのは――静けさだった。
耳を裂いていた爆音も、
皮膚を焼いていた熱も、
すべてが嘘のように消えている。
代わりに背中に伝わるのは、柔らかな感触。
干し草。
布。
そして、微かに香る薬草の匂い。
「……起きた?」
落ち着いた声だった。
反射的に、そちらを見る。
焚き火の向こうに立っていたのは、
銀色の長い髪を持つエルフの女性。
尖った耳。
すらりとした体躯。
年若く見えるが、その瞳の奥には長い時間の重みがある。
(……エルフ)
いや――
(ハイエルフだ)
なぜか、そうだと分かった。
「……ここは?」
喉が渇いていて、声がかすれる。
「森の外れにある洞窟よ」
彼女は簡潔に答えた。
「あなた、三日間眠っていたわ」
三日。
その言葉で、現実がはっきりと戻ってくる。
俺はゆっくりと上体を起こし、自分の身体を確かめた。
痛みはあるが、致命的ではない。
――生きている。
「……助けてくれたのか」
「ええ」
短い肯定。
「私は、サラ=リーフェリア」
その名を聞いた瞬間、
胸の奥で、何かが噛み合った。
(……サラ?)
偶然にしては、出来すぎている。
銀色の髪。
精霊と語り合うような所作。
前に出すぎず、だが確実に守る立ち位置。
――大学時代。
俺が作ったキャラクターが脳裏をよぎる。
ハイエルフの精霊術士。
弓を使い、仲間を守る後衛。
いなければ全滅する存在。
名前は、サラ。
(……馬鹿な)
ここは現実だ。
ゲームじゃない。
それでも、
焚き火の前で精霊に静かに語りかける彼女の姿は、
あまりにも“記憶の中のサラ”と重なっていた。
「……父は?」
絞り出すように尋ねる。
サラは、一瞬だけ視線を伏せた。
「剣王アルベルトは……戻らなかった」
それで、十分だった。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
泣きはしない。
叫びもしない。
ただ、
もう戻れないのだと理解した。
「王都は?」
「壊滅」
「……そうか」
短い言葉しか出なかった。
前世で、
理不尽な現実を嫌というほど見てきたからか。
それとも――
王子としての記憶が、覚悟を作っていたのか。
サラが、じっとこちらを見る。
「あなた、取り乱さないのね」
「……泣いても、国は戻らない」
自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。
「……剣王の息子ね」
焚き火の火が、ぱちりと弾ける。
サラはしばらく黙ったまま、炎を見つめていた。
「……あなたの父とはね」
低い声で、語り始める。
「剣王になる前、
アルベルトとは一緒に旅をしていたの」
「無鉄砲で、前に出すぎて……
何度も死にかけて」
小さく、懐かしむように笑う。
「でも、誰かが傷つくのを
当たり前だと思わない人だった」
「私は……何度も背中を預けたわ」
その言葉に、
剣王がただの“王”ではなかったことを知る。
「最後まで、一緒に戦えなかったのが……悔しい」
それは怒りでも、悲しみでもない。
後悔だった。
「あなたを助けたのは、偶然じゃない」
サラは、はっきりと言った。
「王都が燃えた夜、
私は森の近くにいた」
「精霊が騒いで……嫌な予感がしたの」
「あなたを見つけたとき、
迷いはなかった」
彼女は、まっすぐ俺を見る。
「王子だからじゃない」
「剣王の息子だからでもない」
一拍置いて、続けた。
「――あの人が命を懸けて守ろうとした
“未来”だったから」
俺は、彼女を見つめ返す。
その立ち位置。
言葉の選び方。
距離の取り方。
すべてが――
俺が学生時代に設定したサラそのものだった。
仲間を守るために残る。
急かさない。
踏み込みすぎない。
でも、離れない。
(……守る)
理由は、それで十分だった。
前世で、
仲間を守って死んだキャラクター。
GMの宣告で、
物語から消えた存在。
今度こそ、失わない。
それは王としての誓いではない。
プレイヤーとしての、意地だった。
「……サラ」
「何?」
「俺は、まだ何もできない」
「十二歳だもの」
当然でしょう、と言わんばかりの返答。
「でも」
俺は、目を上げる。
「生き残る」
「父の遺したものを、無駄にしない」
一瞬、洞窟の空気が張りつめる。
やがて、
サラは静かに頷いた。
「……いいわ」
「その覚悟があるなら、
私が導く」
焚き火の火が、揺れる。
亡国の第一王子と、
ハイエルフ。
二人の旅は、
ここから始まった。




