第十四話 永久の森へ
永久の森は、地図に存在しない。
正確には――
記される意味がない。
道はあっても、
辿り着ける者がいないからだ。
森の手前に立った瞬間、
ユウトは世界の感触が変わったことを理解した。
音が、遠い。
風が、薄い。
まるで、世界そのものが
一枚、隔てられているようだった。
「……ここから先が、永久の森よ」
サラの声は低く、慎重だった。
「普通の人間は、入れない」
ユウトは森を見つめたまま、黙って聞く。
「危険だからじゃないわ」
サラは、少しだけ言葉を選んだ。
「入った者はね……」
一拍、置いてから続ける。
「絶対に出られなくなる大魔法がかかっている」
「正確に言うなら、呪いじゃない」
森の奥を見つめ、静かに告げる。
「これは、
世界樹とこの森が結んだ契約よ」
「守るために、
世界から切り離す」
「拒むわけでも、
縛るわけでもない」
「ただ――
一度、受け入れた者を、
外へは返さないだけ」
その言葉は、静かだったが重い。
永久の森には、結界も罠もない。
侵入を拒む力もない。
代わりに、
世界そのものから切り離す
契約の大魔法が常に働いている。
「この森の中では、
時間の流れが外の十分の一になる」
サラは淡々と語る。
「外で一日なら、中では十日」
「外で一年なら、中では十年」
だから、人は戻れない。
寿命が先に尽きるからではない。
外の世界が、先に進み続けるからだ。
「入った者は……
帰る理由を、失っていく」
ユウトは、森を見た。
木々は静かで、
不思議なほど整っている。
威圧も、拒絶もない。
(……閉じ込めるための森じゃない)
これは、
守るための森だ。
そう、直感した。
「サラ」
ユウトは、視線を向けずに言った。
「サラは……
どうして、ここまで案内できる?」
一瞬、サラの歩みが止まる。
「……私は、ハイエルフの王族だから」
それは、初めて聞く言葉だった。
「永久の森は、
ハイエルフの国」
「世界樹を守るためだけに存在する場所よ」
ハイエルフは、外に出ない。
外界の争いにも、国にも関わらない。
それが、
世界樹と交わした約束だからだ。
「私は、その森を出た」
サラは、迷いなく言った。
「約束を破った存在よ」
だが、と続ける。
「王族だけは、
導く資格を完全には失わない」
「だから――
世界樹の近くまで、
あなたを連れて行ける」
それは、
戻れるという意味ではない。
ただ、
道を知っているというだけだ。
ユウトは、精霊王の剣を見た。
森の境界に近づいた瞬間、
剣が、わずかに震えた。
光はない。
音もない。
だが――
拒まれてはいない。
「世界樹は、
力をくれる場所じゃない」
サラが言う。
「精霊王の剣が、
何のために存在しているのか」
「その“ヒント”が、
残されていると言われているだけ」
答えが得られる保証はない。
だが、
知ってしまうかもしれない。
剣を振るう理由を。
進むべき道を。
サラは、森の奥を一度だけ見やり、
ユウトへ視線を戻した。
「……私は、導ける」
一拍、置く。
「でも――」
「サラは?」
ユウトの問いに、
彼女は一瞬だけ目を見開いた。
そして、静かに息を吐く。
「……私は、戻れなくてもいい」
それだけで、十分だった。
ユウトは、頷く。
「行く」
理由は語らない。
五年。
世界が一つになる期限。
今のままでは、届かない。
なら、
時間を賭けるしかない。
一歩、森へ踏み出す。
その瞬間――
音が消えた。
風が止まった。
外の世界が、
ゆっくりと遠ざかっていく。
永久の森。
世界樹を守るための場所。
そして――
契約を受け入れた者だけが、
戻れなくなる森。
ユウトとサラは、
その奥へと歩き出した。
外の世界が、
十倍の速度で進み始めたことを、
まだ知らないまま。




