第十一話 前世の佑都と現世のユウト
夜だった。
焚き火の音だけが、静かに続いている。
剣を磨きながら、俺はぼんやりと炎を見ていた。
最近――
夢を、見なくなった。
前は、よく見ていた。
高いビル。
蛍光灯の下。
数字と締切に追われる日々。
永瀬佑都という名前で生きていた頃の、
どうでもいいようで、確かに現実だった時間。
だが今は、
それが遠い。
(……思い出そうとしないと、出てこない)
不思議だった。
忘れているわけじゃない。
ただ、必要なくなってきている。
剣を置き、手を見下ろす。
小さい手。
戦うために出来ているとは言えない、十二歳の手。
それでも、この手で剣を振り、
人を守り、
血を流した。
恐怖も、迷いも、あった。
だが――
「仕事」ではなかった。
前世では、
生きるために働いていた。
誰かの期待に応え、
責任を回避し、
失敗しないように立ち回る。
守るものはあったが、
命を懸けるものではなかった。
今は違う。
目の前で、
誰かが死ぬ。
守らなければ、
確実に失われる。
選択を誤れば、
取り返しはつかない。
その重さを、
俺はもう知っている。
(……永瀬佑都なら、どうしただろうな)
一瞬だけ、考える。
きっと、
無理をしなかった。
リスクを計算し、
逃げ道を用意し、
最悪を避ける選択をしただろう。
それは、間違いじゃない。
だが。
今の俺は、
その選択を“できない”。
守りたいものが、
目の前にあるからだ。
理屈じゃない。
責任でもない。
感情だ。
焚き火が、はぜる。
その音で、
胸の奥が、少し軽くなった。
前世の記憶は、
消えていない。
ただ――
支配していない。
永瀬佑都は、
俺の中の「経験」だ。
判断を早め、
無駄な幻想を切り捨てるための、
一部。
だが、
剣を振るう理由を決めるのは――
(……俺だ)
ユウト・アル=エイン。
この世界で生きて、
この世界で血を流している、俺自身。
背後で、気配が動く。
「……起きてたのね」
小さな声。
振り返ると、
サラが立っていた。
「少しだけな」
「難しい顔してた」
「そうか」
それだけ答える。
説明する気はなかった。
もう、説明する必要がない。
前世の俺が、
何を考えていたかなんて。
今の俺には、
関係ない。
焚き火を消し、立ち上がる。
「行こう」
「どこへ?」
「前に」
それで十分だった。
過去は、背負わない。
使うだけだ。
そう決めた。
前世の佑都は、
俺の一部だ。
だが――
生きているのは、今の俺だ。




