3/3 白犬の祠と魂の誓い
これで一旦、最終話となります。
拙い内容ですが、読んでいただけたら幸いです。
闇が視界を閉ざす前に寝場所を確保すべく急ぎ散策していると、ある奇妙な空間にたどり着いた。
木々の間にぽっかりと空いた円形の空間。苔むした石が並ぶ祭壇のような場所。そして、その中心には、まるで神殿のような建物——いや、祠が建っていた。
それは、明らかに“普通の森”には存在し得ない雰囲気を放っていた。
僕は慎重に歩を進めた。気配は静かだったが、不思議と「誰かに見られている」ような感覚があった。
すると、祠の奥から白い光が差し込んだ。
「——ようこそ、転生者よ」
低く、温かみのある声が響いた。
現れたのは、白く輝く毛並みを持つ老犬の姿。だが、その目には遥かに深い知性が宿っているように見えた。
≪私の名はクレバー。この地において、君たちのような者を導く役割を与えられている者だ≫
……言葉が、心に直接届いてくる。
(……え、言葉が理解できる?)
≪驚くことはない。ここは“魂の残響”が強く残る場所。おそらく、君の内にある記憶が、この空間と共鳴しているのだろう≫
クレバーはゆっくりと歩み寄り、僕の頭に鼻先を近づけた。
≪君には、特別な魔法の素養がある。通常、この世界では得られない……『■■魔法』の系譜にある力だ。おそらくは、摂理の神マクスウェルが何らかの意図をもって与えたものだろう≫
(……■■魔法?)
クレバーから魔法について語られたが、その発音は聞こえてはいるが、言葉として理解するまえにただの“音”として霧散してしまう。
≪よく聞き取れなかったんだけど、何魔法って言ったの?≫
≪『■■魔法』の系譜にあたるものだ。もし聞き取ることができないなら、まだ君が条件を満たしていないということだろう。≫
≪理解できない能力を持っていても危険はない?≫
≪安心しなさい。それは“災い”ではない。ただし、君自身が望み、導かれる覚悟があるのならば——だが、今はまだその魔法を使えないだろうしな。≫
クレバーはそう言って、一度、背後の祠に振り返り、再び話しかけてきた。
≪君の名はなんという?≫
≪僕は、れあといいます。≫
≪そうか。ではれあよ、しばし休むといい。傷も癒えたばかりだろう。ここでは、傷も心も、落ち着くまで時がゆるやかに流れる≫
そうして、僕は祠の落ち葉が敷き詰められた石畳に体を丸めて、そのまま静かに目を閉じた。
……夢を見た。しかし、はっきり“過去の記憶”だとわかる夢だった。
——静かな午後だった。日差しが差し込む公園のベンチで、主が笑っていた。
その足元には僕と、もう一匹よく知っている犬がいた。小柄な体に黒い毛並み。ふさふさした尾と、どこか気の強そうな瞳。
(める……)
その名前を思い出した瞬間、心臓が跳ねた。
夢の中で僕たちはただの犬だった。しかし心中では理解していた。僕の名は「れあ」、でも本当はもっと別の“何か”だったと。
そして僕たちは、その世界での生を全うし、その先へと旅立ったのだと——。
目を覚ました時、体はすっかり冷えていた。祠の中に差し込む朝の光は淡く、鳥たちのさえずりが森の目覚めを告げていた。
僕は立ち上がり、祠の前に座っていたクレバーのもとへ歩み寄った。
≪……おはよう≫
≪おはよう、れあ。よく眠れたようだな≫
クレバーの声には、昨日よりもどこか柔らかさがあった。
僕は躊躇いながら尋ねた。
≪ねえ、クレバー……この世界に来る前、僕は犬だった。そしてやはり犬のままで転生した。でも、夢の中では……いや、今では人間の姿にもなれる気がするんだ。≫
それは昨日からずっと胸に抱えていた疑問だった。
するとクレバーは徐に立ち上がり、静かに僕を祠の奥へと導いた。
——それほど移動していないのに、そこに入ると急に静謐な雰囲気に包まれた。
たしかに木漏れ日が差し込んでいるのに、鳥の囀りも、風で擦れ合う葉の騒めきも、草花の爽やかな香りも届かない。暑くもなく、寒くもない、そんな不思議な場所だった。ただ、いくつかある艶やかな岩が木漏れ日を反射している。
その光はちょうど中央に集まっていて、円を描くような花壇の上に、両手で囲ってしまえるくらいのシロツメクサの花畑があった。
≪れあ。そこに座るといい≫
クレバーは僕にその花畑のふちに座るように促す。
そこに座ると、とても心が落ち着いた。気のせいか花壇に当たっている木漏れ日が、みな僕の方に集まってきているような錯覚を受け、とても暖かく感じる。と、僕の胸元が突然光りはじめ、キィンとどこかで聞いた高音が聞こえたと思ったら、その光はすっと消えていった。
≪さて、いまは多くを語ることはできないが……、この場所に来たことで君には魔法ではない、ある力が宿ったのだ。≫
クレバーはそこで一拍置いた。
≪君が新たに得たその力は、固有スキルと呼ばれる力の一つで “人の姿”になれるものだ。私は「シフト」と呼んでいるが、正確には魂の姿を現実にするものだと解釈している。≫
僕は言葉を失ったまま、自分の前脚を見た。
≪このスキル、どうやって使うの?≫
≪心の底から自身のあるべき姿を強く念じてスキル名を唱えるといい。だが、今の君が維持できるのは、せいぜい一時間。常に集中力が必要になるだろうし、集中力が散漫になったり限界を超えれば、解除されて元の姿に戻ってしまう。解除されたスキルを再使用するには、よほどの集中力で念じるか、休息を挟む必要がある。君の努力と成長次第になるのだから、精進するといい。≫
(人間の姿か……それが使えるなら!)
僕はそっと目を閉じ、何度も夢で描いていた姿を強く念じた。
——≪人間の姿に……「シフト!」≫
次の瞬間、全身の感覚が激しく変化する違和感に襲われた。背がぐんと伸び、脚が花開くように広がり、体を覆っていた毛並みがすっと消えて急に肌寒くなる。視点が高くなったためか一瞬ふらついた。
クレバーから視線で促され、祠の入口にある石でできた天然の水受けを覗き込むと、そこには小柄だが、しっかりとした体つきの少年が映っていた。
それはぎりぎり肩にかかるほどの茶色い髪、わずかに犬耳が残っているが、ほぼ普通の人間と見分けがつかない少年の姿だった。
「!」
水受けから視線を戻した、その瞬間だった。
そこには白い老犬の姿はなく、落ち着いた雰囲気でローブを纏い、黒檀色の瞳をした、白とブロンドの混じる髪のダンディな老人が佇んでいた。
「驚くことは無い。私も同じ能力を持っているのだ。そうでなければ君に説明などできないだろう? ……それに、私はもうかなりの年月この地で待ち続けているのだ。」
その言葉の後半はつぶやくような声だったため、僕にはよく聞こえなかった。しかしクレバーも人間の姿になれることがわかりびっくりした。
クレバーは僕の表情を見て面白そうに微笑みながら、少し大きめの衣服、靴などを奥に整然と積み上げられていた箱から取り出して持ってきてくれた。
「さぁ、まだその姿で自由自在に動けるとは思えないが、練習がてらに着るといい。」
「ありがとう、クレバー。」
僕は礼を言って、衣服を受け取りなんとか着込む。前世では犬用の衣服を着せてもらったことがあるが、自分で衣服を着るのは初めてで、それなりに時間がかかってしまった。
「れあ……君は、ようやく“こちら側”に立てるようになったな。」
クレバーの言葉には、どこか満足げな響きがあった。
けれど次の瞬間——
「クレバー?」
祠の外からかわいらしい声が響いた。
振り返った先に佇んでいたのは、一匹の仔犬だった。
小柄で、黒いくせっ毛が柔らかに風で揺れている。濃い茶色でつややかに光を映す瞳は、大きく見開かれていた。
……あの仔犬、人間の言葉をしゃべった?
「彼女も君と同じなのだよ。」
クレバーの言葉が耳に届いた瞬間、僕は彼女の名前が頭に浮かんだ。
「……める……!」
「れあっ!? れあなの……!?」
僕は駆け出していた。足元がもつれるほど全力で彼女に駆け寄った。
めるも駆けてきた。胸元に飛び込んできた仔犬を、僕はその勢いのまま地面に倒れ込むように抱きしめた。
「やっと……会えた……!」
「僕も……ずっと……!」
二匹の犬が、あるいは“元は”犬だった僕たちは、互いの存在を確認し合うように、涙を流しながら抱き合っていた。
それは、魂の奥底で繋がっていた証だった。
——めるはスキルで少女の姿になり、クレバーと三人で輪になるように座った。それから暫く祠の中で話し込んだ。
めるは僕よりだいぶ早くこの世界に転生し、森の中で魔獣の気配に怯えながら過ごしていたこと。彼女もまた、この祠に一度訪れ、クレバーに導かれて固有スキルを得たことなど。
「れあ、わたし……すごく寂しかった。でも、今また会うことができて良かった……。」
「僕も……ずっと探してた。首輪はなくしちゃったけど……でも、それ以上のものが見つかった気がするよ。」
「うんっ。」
僕とめるは、この異世界で再会を果たした。
これから始まる旅路。その第一歩は、ようやく“二人で”歩き出せるのだ。
夜が深まり、祠の上、木々の茂った隙間より月明かりが差し込む。
クレバーは一人、黄金の茜色の葉が敷き詰められた石床にその身体を伏せたまま、静かに目を閉じていた。
「運命は、ただの偶然ではない。交差する魂の波は、やがて“世界”そのものを揺るがす鍵となるだろう。」
そして、彼の瞳はゆっくりと開かれた。
「マクスウェルよ……次に現れる“転移者”の導きは、任せていただく。」
闇の中で、誰にも聞こえない声が静かに囁かれていた……。
夜中に校正していたので、未だに誤字・脱字が潜んでいるかも(; ・`д・´)!
短い間でしたが、読んでいただきありがとうございました。
また時間を見つけて、本編を考えていきたいと思います。((*_ _)。




