君が忘れた夏の色
掲載日:2025/12/19
君は言った。
「去年の夏の色が、思い出せないんだ」
その言い方が、あまりに他人事で、僕は少し笑ってしまった。
夏は毎年来る。
青い空も、白い雲も、今年だって同じようにあるのに。
君は、色の話しかしなかった。
青がどうとか、夕焼けが何色だったとか、
まるで大事な何かを、わざと避けるみたいに。
川沿いの道を歩いた。
蝉の声はうるさいほどで、影は短く、
世界は「夏です」と主張していた。
それでも君は首をかしげる。
「去年は、こんな色だったっけ?」
そのとき、僕は気づいていた。
君が忘れているのは、風景じゃない。
君は、あの夏のことを語らない。
屋上で見た花火の音も、
最後に交わした言葉も、
あの日、僕が君の手を離した理由も。
君の目には、ちゃんと色が映っている。
青空も、夕焼けも、全部見えている。
ただ一つだけ、抜け落ちている色があった。
それは――
僕のいない夏の色だった。
君は、僕がいなくなった夏を、
「色が抜けた」と呼んでいただけなんだ。
だから思い出せない。
だから、夏が来るたびに首をかしげる。
「夏って、こんな色だった?」と。
君が忘れた夏の色。
それは、青でも赤でもない。
君の隣にいたはずの、僕の色だった。




