ガチャ対策委員会、緊急招集。〜経理課の遅刻はなぜ人類史を変えるのか〜
経理課。午前11時
静寂が支配していた。いつもならキーボードの音や電卓の打鍵音が響くフロアは、まるで地震後のように静まり返っている。社員たちは全員、自席でスマホのニュース速報を凝視していた。
【続報】世田谷区の民家から発掘された石碑、紀元前の未知の言語か。専門家騒然。
社員たちの視線は、一様にデスクで小さくなっている山田耕平に集まる。
「信じられん…。本当に山田の庭から古代遺跡が…」社員Aが震える声で呟いた。
田中課長は、額を押さえていた。この二日間で、彼は急激に老け込んだように見える。
「まさか、まさか、あの重力調整装置の言い訳が現実化し、今度は考古学まで…? 偶然? いや、こんな偶然があるか!」
山田は、視線に耐えかねてトイレに避難しようとしたが、田中課長に呼び止められた。
「山田! トイレは、発掘された石碑の言語を解読してからだ! 早く会議室に来い!」
課長は、ただの遅刻常習者だったはずの部下を、もはや「制御不能な超常現象」として扱っていた。
会議室に集められたのは、田中課長と山田、そして、なぜかクールな顔でノートPCを開いている後輩の佐藤美咲、それに加え、総務部長の四方田だった。
総務部長が口を開いた。彼の表情は、すでに諦めと覚悟が混じり合っていた。
「田中課長、この異常事態への対応のため、本日付でT.G.E(Taisaku Gacha Evasion)、通称『ガチャ対策委員会』を発足させます」
山田「対策…委員会?」
「そうだ。山田君、君の遅刻は、もはや企業イメージの毀損では済まされない。君が引き起こす現象は、文化財保護法や、下手すれば安全保障上の問題に関わる」
「私はただ…寝坊を…」
「静かに!」総務部長が机を叩いた。「そこでだ、田中課長。あなたには、山田君の出社状況を24時間体制で監視していただく。そして、佐藤君」
佐藤が凛とした声で応えた。「はい」
「君には、山田君が使用している『言い訳ガチャ』というアプリのログと、それに伴う現実変異の相関性のデータ解析を命じる。君の分析力は信頼している」
佐藤はわずかに口角を上げた。「承知いたしました。先輩の『嘘』と『現実』の因果関係、徹底的に分析させていただきます」
その視線は、仕事への意欲というより、個人的な探求心に燃えていた。
ガチャ対策委員会(TGE)の最初の議題は、「明日、山田にどんな遅刻をさせるか」だった。
総務部長「現状、山田君の遅刻は一日一回に限定されている。重要なのは、次の遅刻理由がどんな現実改変を引き起こすかを予測し、被害を最小限に抑えることだ」
田中課長「次の言い訳がもし『巨大隕石が自宅に落下』なんて出たら、会社ごと吹き飛びますよ!」
佐藤がノートPCの画面を会議室のモニターに映し出した。
「分析結果です。過去3回のUR言い訳には、明確な傾向があります」
• 重力調整装置 → 物理学の異常
• 古代文明の埋蔵 → 考古学の異常
佐藤「次は、社会システム、もしくは生物学的な異常を引き起こす可能性が高いです。例えば…『突然変異した巨大昆虫の駆除で』など」
田中課長は顔面蒼白になった。「巨大昆虫!? そんなの、誰が信じるか!」
山田「でも、課長。過去2回、本当に起こったんです…」
総務部長は深く頷いた。「よし、対策は決まった。山田君は今夜、社内のゲストルームに軟禁する。そうすれば、自宅の庭が破壊されることはないだろう」
山田は絶望した。「軟禁!?」
総務部長「ただし、明日ガチャを引かないと、何もしないという行動自体が、さらに予測不能な現実変異を引き起こす可能性がある。だから、引いてもらう」
その夜、山田は会議室で毛布にくるまりながら、スマホのアプリをタップする。
ジャキン! キュイイイイイン!
画面は再び赤く点滅し、【UR】の文字。山田の祈りも虚しく、ガチャから恐ろしい言い訳が排出された。
本日のお詫び:遅刻理由
「昨夜、東京湾に出現した巨大な未確認生命体(KAIJU)の生態調査への協力を緊急要請されたため、やむを得ず遅刻いたしました。」
—言訳ガチャ Ver.3.0.3—
「KAIJU…!」
山田は絶叫した。そして、それを聞いた佐藤が、ゲストルームのドアの向こう側で、小さく微笑んだ。彼女の解析は、またしても正しかった。




