庭に石碑が出た。俺の言い訳は、もはや考古学である。
前日の「重力調整装置」の言い訳がニュース速報となり、山田耕平は怯えていた。
「いや、本当に俺のせいなのか? ただの偶然だろう…」
だが、彼の不安を嘲笑うかのように、翌朝、事態は決定的なフェーズに入った。
午前8時30分。ギリギリでアラームに間に合った山田は、玄関を出て靴を履こうとした瞬間、足元に違和感を覚えた。
ズリッ。
玄関ポーチの一角、昨日までは平坦だったコンクリートの地面が、わずかに沈下している。よく見ると、沈下した部分の隙間から、何か人工的な石造りの構造物が覗いていた。
山田は恐る恐る屈み、スマートフォンを近づけてフラッシュを焚いた。
「嘘だろ…」
コンクリートの下から顔を出していたのは、装飾的な文様が刻まれた、鈍い光を放つ黒い石碑の一部だった。明らかに現代の建材ではない。
「…待て、俺、昨日の夜の言い訳、なんだっけ?」
彼は震える手でアプリを開いた。昨夜は残業で疲労困憊し、明日の遅刻を見越して事前にガチャを引いておいたのだ。
本日のお詫び、遅刻理由
「昨夜、自宅の敷地が突如として古代文明の埋蔵地に指定され、立ち入り禁止と発掘作業の立ち会いのため、やむを得ず遅刻いたしました。」
—言訳ガチャ Ver.3.0.2—
山田はスマホを取り落としそうになった。昨日の重力波は「装置が出現した」という言い訳への反応。そして今日は、「古代文明」という言い訳が、彼の庭という物理的な現実を書き換えたのだ。
「マジかよ。ガチャ、物理干渉機能つきだったのか!」
出社時間まであと15分。遅刻確定である。
山田は急いで会社にメールを送信した。「大変申し上げにくいのですが、自宅の庭から石碑のようなものが出現し、現在…考古学的な緊急事態に巻き込まれています」
会社は沈黙した。しかし、彼の家の前はそうはいかなかった。
山田が家から飛び出すと、すでに自宅前の路地には黄色い規制線が張られていた。作業服姿の男たちが何人も集まり、石碑を掘り出そうとしている。
「おい、どけ! 誰か、警察か役所を呼んだのか?」山田は現場監督らしき男に詰め寄った。
「あなた、この家の住人ですか? こちらは『文化庁指定 埋蔵文化財緊急調査団』です。昨日未明、この地点に地下の高密度金属反応と、古い石材の電波痕が確認されましてね。大至急の緊急発掘作業です」
山田は愕然とした。「いや、ちょっと待ってください! それ、昨日まで何もなかった場所ですよ!」
近所の主婦たちが集まり、ひそひそ話をしている。
「あらやだ、山田さんとこの庭、お宝が埋まってたの?」
「それより、昨日、山田さんが会社に送った遅刻の言い訳…『自宅が古代文明の発掘現場になった』だったって、奥さんが言ってたわよ…」
「えっ、まさか…山田さんの言い訳が、現実になったってこと…?」
「待て、俺の人生おかしくない?!」
山田が会社に到着したのは午前10時。彼はもう、普通の遅刻常習者ではない。遅刻と同時に世界を改変する能力者、というのが現状だ。
課長は疲弊しきった顔で山田を迎えた。
「山田…君の言い訳は、もはやジョークにもなっていないぞ。考古学的な緊急事態? 君は、会社をなんだと思っているんだ?」
「課長! 信じてもらえないのは承知ですが、本当なんです! 庭から石碑が…」
「もういい! 査問は夕方に回す!」
課長が頭を抱えていると、彼のデスクに佐藤美咲がコーヒーを持ってきた。彼女は、目を泳がせる山田に、そっと小声で囁いた。
「先輩、今朝、スマホでニュース見ましたよ。『世田谷区で突如、古代遺跡の一部が発見か』って。場所が…先輩のご自宅の住所と一致しました」
山田は冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
「さ、佐藤…それは、単なる偶然だ。勘違いするな。」
佐藤は、微笑みながら首を横に振った。その目は、恐怖ではなく、確信に満ちていた。
「偶然じゃないです。一昨日、先輩が『太陽フレアで遅刻』って言ったら、本当にフレアのニュースが出ました。昨日、『重力装置で遅刻』って言ったら、重力波のニュースが出ました」
佐藤はコーヒーカップをデスクに置くと、少し身を乗り出した。
「そして今日、『古代遺跡で遅刻』って言ったら、先輩の庭が遺跡になりました」
彼女は真剣な眼差しで、山田をまっすぐ見つめた。
「先輩。その『言い訳ガチャ』って、何を現実に変えているんですか?」
「俺は、ただの寝坊常習者だ…」
山田の平凡な日常は、完全に崩壊し、彼の秘密を知る者は、この後輩女子一人となった。遅刻のたびに、世界の法則が書き換えられていく。このカオスは、どこまで進むのだろうか。




