LOG.023 ─ 冷たい夜、繋がる手
LOG.023 ─ 冷たい夜、繋がる手
──夜明け前、瓦礫の影に身を潜める。
瓦礫の崩落から辛うじて脱出した俺たちは、近くの廃棄資材置き場に逃げ込んだ。
冷たいコンクリートの床。埃と鉄錆の匂い。息を潜めるには十分だった。
俺──**才牙 冷**は、背中にさくらの体温を感じながら、静かに壁際に腰を下ろす。
「湊、大丈夫か……?」
「う、うん……ちょっと、足が……」
湊は膝を擦りむき、顔をしかめていた。
まつりが応急処置セットを取り出し、手際よく湊と俺の傷を手当てする。
「ほら、じっとして。すぐ終わるから。」
まつりの落ち着いた声が、ほんの少しだけ場を和らげた。
一方、美咲と梨央は、さくらの顔を覗き込み、必死に呼びかけている。
「さくらちゃん……目、開けて……!」
「お願い……!」
さくらの頬は冷たく、体も小刻みに震えていた。
背負っていたときから感じていたが、体力の限界が近い。
冷はそっと、さくらの額に手を当てる。
その指先に、微かに感じる温もり。
すると、背中に凭れかかっていたさくらの体が微かに動いた。
指先がわずかに震え、唇が小さく動く。
「……れい、くん……?」
か細い声。
「さくら!」
胸の奥で張り詰めていたものが一気に崩れ落ちた。
気づけば俺は、声を震わせ、涙をこぼしながらさくらを抱きしめていた。
止めようとしても、嗚咽が喉を突き上げる。
「よかった……! よかった……っ……!」
俺は必死にさくらの小さな体を支え、何度も何度も呼びかけた。
喉が焼けるように痛み、それでも声を絞り出すことを止めなかった。
「大丈夫だ。もう安全だよ……!」
ようやく絞り出した声に、さくらは薄く目を開け、涙をにじませながら微笑んだ。
その顔を見た瞬間、胸の奥が温かく満たされた気がした。
「よかった……生きてた……」
美咲が泣きながらさくらに抱きつき、梨央も涙を流しながらさくらの手を握った。
湊も震える指先で、そっとさくらの肩に触れた。
天音は拳を握りしめ、顔を伏せる。
「私、また突っ走って……迷惑かけた……」
「違うよ。」
まつりが静かに言った。
「あなたが止めなかったら、もっと危なかった。」
湊も、震える声で絞り出すように言った。
「怖かった……でも、みんな一緒でよかった……」
冷はみんなの顔を見渡した。
埃まみれで、血や汗に濡れ、ボロボロだった。
それでも──全員、生きていた。
「全員、生きている。それだけで、今は十分だ。」
その言葉に、誰も反論しなかった。
代わりに、誰もが小さく、けれど確かに頷いた。
震える湊の手を、梨央がぎゅっと握り、美咲はさくらの手をそっと包み込む。
天音とまつりも互いに軽く目配せを交わし、まつりが天音の肩にそっと手を置いた。
冷はふと、胸の奥に湧き上がる感情を押さえきれなかった。
(もし一人でも欠けていたら──俺は、絶対に許せなかった)
胸にこみ上げる涙をこらえながら、仲間たちを見守る。
天井のひび割れから、かすかに夜明けの光が差し込む。
冷たい夜が、終わりを告げようとしていた。
(ここからが、本当のスタートだ──)
──ふと、誰かが小さく息を呑む音がした。
瓦礫の隙間から差し込む冷たい光に、埃がきらきらと舞っている。
その光景は、まるで瓦礫の中に小さな星空が広がったようだった。
誰もがその美しさに、しばし言葉を失う。
冷は背負ったさくらの肩をそっと撫でながら、心の中で呟いた。
(ありがとう、湊。ありがとう、天音。ありがとう、まつり。ありがとう、美咲、梨央……そして、さくら──)
震える手で、冷はそっとさくらの手を握る。
すると、微かにさくらが握り返してきた。
「……ありがとう……」
さくらが、ほとんど聞き取れないほどの小さな声で囁いた。
その一言が、冷の胸を熱くした。
──まだここに、未来はある。
冷は深く息を吸い込み、立ち上がった。
「行こう。」
静かに、しかし確かな声でそう告げる。
ぼろぼろの制服、傷だらけの手足。それでも、誰もが冷の言葉に顔を上げた。
ゆっくりと、夜が明けていく。
そして、彼らの新たな戦いも、静かに幕を開けようとしていた。
──数時間後。
かすかなサイレンの音と共に、捜索隊の光が瓦礫地帯を照らし出す。
「──こちら、負傷者複数確認!」
白い防護服に身を包んだ救助隊員たちが、慎重に瓦礫を踏み越えてこちらに駆け寄ってきた。
冷は、まだ腕にさくらを抱きながら、仲間たちを背後に庇うように立ちはだかった。
(油断するな。これが本当に救助なのか、まだわからない──)
「大丈夫ですか? 今、安全な場所へ誘導します!」
隊員たちの声は確かに焦りと安堵を含んでいたが、冷の胸にはどうしても拭えない違和感が残っていた。
それでも──今は、仲間を守るため、進むしかない。
冷は一度、ぐっと拳を握りしめた。
そして、仲間たちに振り向き、静かに言った。
「行こう。ここから、また一歩ずつだ。」
朝靄に包まれた廃墟を背に、冷たち六人は、救助隊に導かれて歩き出した。
新たな戦いが、すでに始まっていることに、まだ誰も気づかないまま──。




