LOG.149 残響の翅音
LOG.149 残響の翅音
### ◆ 校内の不安と混乱
翌日、学院の廊下は落ち着きを失っていた。すれ違う候補生たちは視線を伏せ、誰もが影を恐れるように早足で通り過ぎていく。顔色は青白く、友人同士で声を掛け合っても笑いは生まれず、囁きはすぐに途切れる。教室に入ってもざわめきは収まらず、空気はひりついていた。
「今朝、廊下で足音を聞いたんだ。誰もいないのに……」
「食堂で椅子が勝手に動いたって……」
「女子寮の窓に白い影が映っていたらしい……」
噂が噂を呼び、七不思議③や⑤を結びつけて語る声が絶えない。授業中ですら、教官の声よりも隣席の囁きの方が大きく感じられるほどだった。鉛筆が転がるだけで誰かが身を竦め、窓の外の影に視線が集中する。集中力は欠片も残っていない。
訓練場でも混乱は広がった。端末が突如誤作動し、画面にノイズが走る。候補生が悲鳴を上げて後ずさると、周囲の者たちも我先にと後退する。教官は「動揺するな」と冷たく一喝する。しかしその声も、不安を完全に払うには弱々しかった。彼らの目にも怯えの色が浮かび、候補生たちはそれを見逃さなかった。
冷はその光景を見つめながら、心の奥にざわめきを覚えた。背筋に冷気が走り、握りしめた拳が小刻みに震える。「もう時間がない」直感が鋭く告げていた。
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### ◆ まつりの解析進展
その日の夕刻、寮室に四人が集まった。まつりは端末を操作し、Ghost-Lを展開する。青い光が宙に回路を描き、ノイズ混じりのデータが再構築されていく。機械の低い駆動音が室内に響き、四人は息を詰めて画面を見守った。
「今度は……音声データの断片よ」
小さな波形が画面に浮かび、スピーカーからノイズ混じりの声が洩れる。『……れい……』『……たすけて……』断続的な声は途切れ途切れながらも確かに意味を持ち、まるで遠い場所から必死に手を伸ばすようだった。
「さくら……!」冷の胸が強く締めつけられる。確かに、それは彼女の声だった。耳に残る残響が消えず、心臓の奥を掴むように痛みを走らせる。
天音が歯を食いしばる。「やっぱり……これは制度が意図的に隠している。自然消失なんかじゃない」その声は怒りと悲しみが混じり、震えていた。
まつりは指先を震わせながら端末を操作し、追加の断片を呼び出そうとする。だが画面はノイズで覆われ、わずかに『HELP』の文字が浮かんでは消えた。
冷は静かに頷く。「彼女は、まだここにいる」
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### ◆ 仲間内の絆の再確認
天音は唇を噛みしめながら、冷を見据えた。目尻には涙がにじんでいる。声は震えていたが、その瞳には必死の思いが宿っていた。
「無茶はしないで……冷が傷ついたら、私たちだって……壊れてしまうんだから」
冷は一歩近づき、穏やかな声で答えた。「俺は一人じゃない。……お前たちがいるから」その言葉は静かに落ちたが、部屋の空気を大きく揺らす力を持っていた。
まつりも眼鏡を押さえながら小さく微笑んだ。「私も解析を続ける。必ず彼女に繋げるために」彼女の指先はわずかに震えていたが、その笑みには決意が宿っていた。
天音は涙を拭い、頬を赤らめながら小さく笑った。「冷って……本当に無茶ばっかり。でも……信じてるから」
まつりも耳まで赤く染め、「……あんまり無茶しないでよ」と照れた声を落とした。
天音とまつりが恥ずかしそうに言った「全部、片付いたら、わがまま聞いてよね」
湊はにこりと笑って、首を傾げた。「僕も一緒に探すよ。だって、仲間でしょ? ……あ、僕は?冷くんにとっても大切?」
その天然な一言に三人は顔を見合わせ、思わず苦笑を浮かべた。張り詰めた空気が少しだけ和らぐ。
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### ◆ 夜・残響の翅音
夜。冷は眠れず窓辺に立っていた。外の闇は深く、木々のざわめきが耳に届く。部屋の中は静まり返り、時計の針の音すら大きく感じられる。冷は掌を窓ガラスに添え、吐息が白く曇るのをぼんやりと眺めた。胸の奥で心臓が強く打ち、規則を乱す鼓動が耳の奥にまで響く。息は浅く速くなり、肩が上下するたびに緊張が全身に走った。ふと、風に混じって微かな羽音が聞こえた。
「……翅の音?」
耳を澄ますと、それは確かに羽ばたきのリズムを刻んでいた。かすかに、PetalWingの翅が揺れる残響のように。鼓動がさらに速まり、喉が渇き、背筋を冷たい汗が伝う。
次の瞬間、窓の外に淡い光が揺らめき、冷の名を呼ぶ声が重なった。『……れい……』
「さくら!」
冷は窓に手を伸ばす。しかし光も声も、儚く夜風に溶けていった。残されたのは、胸の奥に響く翅音だけ。その音はしばらく耳に残り、孤独と共鳴するように胸を締めつけた。呼吸は荒く、胸郭が痛むほどに波打つ。
冷は拳を強く握り、夜空に誓った。爪が掌に食い込み、痛みが決意を鮮明にする。胸の鼓動は激しく暴れ、まるでその言葉を強調する太鼓のようだった。
「必ず……君を奪い返す」
その言葉は夜風に溶け、しかし確かな残響となって冷の心に刻まれた。窓の外で木々がざわめき、まるで彼の誓いに応えるかのように夜が鳴動していた。




