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CODE:0(コード・ゼロ) -公安を目指すはずが、なぜか美少女に囲まれてます-  作者: nime
公安学校編8:七不思議最終章

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LOG.143 記憶の欠落、揺らぐ絆

LOG.143 記憶の欠落、揺らぐ絆


### ◆ 朝──消された点呼


朝の訓練場。号令の声が響き、候補生たちが列を整える。空気は冷たく、曇天の下で一層重苦しい。吐く息が白く見えるほどで、候補生たちの顔にも緊張が刻まれていた。さくらは列の中で小さく息を吸い込み、涙を堪えるように瞳を伏せていた。震える肩を必死に押さえ込み、いつも通りを装おうとしていたが、冷にはその強張りがはっきりと見えていた。


「点呼──一番、二番……」


冷は横目でさくらの姿を確認する。確かにそこに立ち、息を切らしながらも背筋を伸ばしている。だが、教官の声が彼女を飛ばしていく。桜井の名は呼ばれなかった。列に違和感を覚えるのは、冷と湊だけ。周囲は何事もなかったように前を見つめていた。


さくらは唇を噛みしめ、小さな震えを隠そうとする。呼ばれない自分の名を待ち続ける間、心臓が軋むように痛んでいた。必死に涙を堪えたが、その瞳はうるみ、冷の胸に切なさを残した。


---


### ◆ 午前講義──消えた名前


講義室。教官が淡々と監視制度について語る中、まつりが再び端末を操作する。画面に浮かぶ候補生一覧──「桜井さくら」の名はどこにもなかった。


「おかしい……昨夜まではここに確かにあったのに」


まつりが顔をしかめる。天音が机を叩き、「制度が意図的に削ってる」と吐き捨てる。だがその天音ですら、次の瞬間、眉をひそめて呟いた。


「……さくらって……最初から、いた?」


自分で言って、はっと口をつぐむ。さくらの顔が曇り、細い指が震える。冷は即座に言った。


「いた。最初から、ここにいる」


湊も声を張り上げる。「僕も見てる! ずっと!」


だが教室の大半は静まり返り、まるで“存在しない者”について話しているかのような冷たい空気が広がっていた。さくらは机に視線を落とし、唇を噛んで涙をこらえていた。天音の言葉が鋭く心に突き刺さり、彼女の頬を静かに一筋の涙が伝った。隣に座る冷はそれを見逃さず、胸の奥が締め付けられるような痛みに襲われた。さくらは袖でそっと拭ったが、冷にだけその震えと涙を見せていた。


---


### ◆ 昼休み──忘れられる隣


食堂。五人で並んで座るが、周囲から聞こえる声は残酷だった。食器がぶつかる音やスープをすくう音の中に混じる囁きは、彼女を存在しない者のように扱う。


「冷って女子に囲まれてばっかだよね。天音に、まつりに……それに湊まで」


そこに“さくら”の名はなかった。真正面にいるはずなのに。声をかけた女子候補生は、笑いながら視線をさくらに向けることすらしない。存在ごとすり抜けている。


「……私、ちゃんといるのに」


さくらの声はか細く震え、目尻に涙が溢れそうになっていた。必死に笑おうと唇を動かすが、声は掠れて消えた。彼女は一瞬、冷の方へ視線を向け、誰にも見られないように小さな涙を零した。冷の目だけがそれを捉え、胸の奥を締め付けられるような痛みを覚える。彼女は「見ていてほしい」と願うように瞳を震わせた。


「ここにいる。俺が見てる」


冷の言葉に、さくらの肩がわずかに揺れた。彼の瞳に映っていることだけが、唯一の救い。湊が優しく微笑み、まつりは唇を結んで視線を逸らす。天音は苛立ちを隠すように咳払いをした。食堂のざわめきが、彼女をさらに孤独にしていく。さくらの小さな嗚咽は、騒がしい音に紛れて誰にも届かなかった。


---


### ◆ 午後──屋上の影


訓練中。掛け声が響く校庭の上空に、低い雲が垂れ込めていた。候補生たちが模擬戦闘の動きを繰り返す中、視線は自然と屋上へと吸い寄せられていく。ふいに屋上のフェンスの向こうに光が揺れる。白い影。輪郭は──紛れもなくさくらに似ていた。風に髪がなびくように見え、手を伸ばせば届きそうで、しかし遠い。校庭全体がその光景に飲み込まれ、ざわめきが広がる。


「見えたか!?」


候補生たちがどよめく。誰かが恐怖を帯びた声で叫ぶ。「彼女はもう、影になったんだ!」


「違う!」冷の声が訓練場に響いた。「さくらはここにいる!」


湊も涙ぐみながら叫ぶ。「いるんだ! ちゃんと僕たちと!」


しかし大勢の候補生は恐怖に駆られ、目を逸らした。影はゆらめき、声なき声を放つかのように口を開け閉じした。さくらは泣きそうな顔で唇を震わせ、影の自分と現実の自分のあいだで引き裂かれそうになっていた。彼女の瞳からは堪えていた涙が静かに零れ落ち、冷にだけその輝きが映っていた。彼女はその場に立ちながら、声にならない「助けて」を冷にだけ訴えていた。


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### ◆ 夜──分断


寮の一室。五人が集まり、机の上に端末と記録を並べる。重たい沈黙が流れ、窓から差し込む月光が冷たい影を床に描いていた。


まつりが蒼白な顔で言う。「記録が……やっぱり、どこにもない。桜井なんて、最初から」


「やめろ!」冷が声を荒げる。言葉は鋭く突き刺さり、まつりは唇を震わせて黙り込む。


天音も俯きながら呟いた。「私も……確信が持てない。最初からいなかった気がする……」


その瞬間、冷の胸に激しい痛みが走り、目尻に熱いものが込み上げた。必死に堪えた涙が、頬を伝って静かに落ちる。彼にとって二人の言葉は刃のように深く突き刺さったのだ。


「いる! ここに!」


冷の声に、さくらが堪えきれずに泣き出した。大粒の涙を零し、震える体を支えきれずに冷の胸に飛び込む。腕を回してしがみつき、声を震わせながら嗚咽を漏らす。


「もうやだよ……もう……私、いない方がいいのかな……?」


その言葉は耳を突き刺し、部屋の空気を凍りつかせた。小さな体を震わせ、冷の胸に顔を埋めながら声を殺して泣き続けるさくら。その涙が冷の胸元を濡らし、彼自身の涙と混ざった。


冷は必死に彼女を抱きとめ、涙を流しながら「絶対に守る」と誓った。湊も涙を浮かべて頷き、まつりと天音は拳を握りしめ、複雑な表情を隠せなかった。仲間の絆はかろうじて繋がっていたが、深いひびが入ったままだった。


---


### ◆ ラスト──影の名簿


夜更け。談話室の大型モニターが勝手に点灯する。無人の空間に青白い光が満ち、候補生一覧が映し出される。蛍光灯の切れかけたような明滅が壁を照らし、影が不気味に伸び縮みする。廊下の時計の針の音だけが響き、やけに大きく耳に届いた。


“桜井さくら”──その欄だけが灰色に沈み、輪郭が滲むように消えていく。消去の動作はまるで意志を持っているかのようにゆっくりと進み、一文字ずつが引き裂かれるように闇に溶けていった。


「やめろ……!」冷が息を呑んで駆け寄る。指先が画面に触れた瞬間、液晶は一瞬冷たい震えを帯び、スピーカーから低い囁きが流れた。


「影の名簿に……ようこそ」


冷は全身が震え、膝が崩れそうになった。画面から放たれる光が、まるでさくらの存在を切り取る刃のように冷たく突き刺さっていた。彼の背中を冷汗が伝い、胸の鼓動は耳鳴りと混じって、もはや現実なのか幻なのか分からなくなっていた。冷は心の奥で、涙に濡れたさくらの顔を必死に思い出し続けていた。


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