LOG.096 ─ 歯車の回廊、均衡を試す音
## LOG.096 ─ 歯車の回廊、均衡を試す音
### ◆ 導入:轟音と冷気の回廊
崩落を抜けた冷たち三人の前に現れたのは、**螺旋状に延びる巨大な回廊**だった。
壁面には複雑に組まれた歯車と鎖が幾重にも噛み合い、**ガチャン、ガチャン**と規則正しい轟音を響かせている。揺れるたびに足元の鉄板が軋み、水滴が頭上から絶え間なく滴り落ちてきた。
濡れた服が体に貼り付き、体温を容赦なく奪っていく。**潮の匂いと油の匂い**が混じり合い、肺を刺すような感覚を残した。鉄の壁面は冷たい結露で濡れ、指で触れると**氷のように**感触が伝わる。どこかで鎖がきしむ甲高い音が混じり、耳を刺した。
遠くの闇では水滴が大きく落下して水面を打ち、**不気味な反響音**を生み出していた。
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冷は息を整えながら、二人に視線を送った。さくらは不安げに唇を噛み、まつりは眼鏡を直して険しい目を前方へと向けていた。
**《BlueBee》**が青白い光を投射し、歯車の影が不気味に揺れる。**《PetalWing》**は小さな光粒を散らし、**《LogicDrake》**は尾を叩いて緊張を煽るような低い音を響かせた。
三人の呼吸が狭い回廊にこだまし、静寂と轟音が交互に胸を締め付けるようだった。
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### ◆ 試練1:均衡の橋
進む先にあったのは**細い鉄橋**だった。歯車の振動に合わせて揺れ、濡れた鉄面は滑りやすい。下を覗けば**濁流が渦を巻いており**、一歩でも踏み外せば呑まれるのは確実。
鉄橋の両端は錆びつき、踏むたびに**不吉な軋み**が響いた。潮風が回廊を抜け、鉄橋を横揺れさせるたび、鉄の軋む音が鋭く耳に響いた。
「冷……**怖い**……」
さくらが思わず袖を掴み、体を寄せる。彼女の指は濡れて冷たく震えており、冷の腕にしっかり食い込んでいた。冷は頷き、肩で支えるようにしながら進んだ。
まつりが苛立ちを隠さずに声を飛ばす。
「しっかりして。**ここで落ちたら終わりよ**」
声は震えていなかったが、その指先もまた橋の手すりを強く握りしめて白くなっていた。
冷は二人を支えながら、一歩一歩踏み締めた。濡れた靴底が滑りかけ、胸が一瞬跳ね上がる。彼の心臓は耳元で脈打ち、呼吸が荒くなる。腹筋と背筋に力を込め、均衡を保つたびに汗が背を伝った。
それでも彼は小さく言葉を紡いだ。
「**誰も落とさない。俺が守る**」
その声に、さくらは小さく頷き、まつりも一瞬だけ視線を緩めた。三人の影が揺れる鉄橋の上で、互いの心臓の鼓動がかすかに聞こえる気がした。
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### ◆ 試練2:幻影の挑発
橋の中央で突如、**冷そっくりの幻影**が立ち塞がった。濡れた髪、青白い顔、険しい目。幻影の口が開き、不気味な声が響く。声は鉄の反響に混じり、耳の奥を震わせるように囁き続けた。
「お前に本当に守れるのか? **また仲間を犠牲にするのではないか?**」
声は冷の過去の痛みをえぐるように繰り返され、胸を締め付ける。さくらが揺さぶられ、掴む手が震え、唇が青ざめる。冷は言葉を失い、心臓が強く打つ。
幻影はさらに続ける。
「お前が信じると言うが、それは幻だ。守ると誓ったものを、**結局は失う**」
耳鳴りが酷くなり、冷の脚が一瞬止まりかける。――(怖い。もしまた誰かを失ったら?)胸の底に沈む小さな弱気が顔を出す。
冷は奥歯を噛み、鉄の手すりに掌を押し当てて感覚を確かめた。金属の冷たさが現実へ引き戻す。
だが、その瞬間まつりが冷静に声を投げた。
「**黙って。私は冷を信じる**」
その一言が幻影を揺さぶり、姿が揺らぐ。《BlueBee》が光を集中させ、鋭い閃光で幻影の正体を暴き出す。光に焼かれるように幻影は霧散し、鉄の匂いだけが残った。
冷は深く息を吐き、荒い呼吸を整えようとした。彼の心臓は速く打つが、仲間の声に背中を押されるような感覚が胸に広がっていた。さくらは震える手を強く握り直し、まつりは静かに眼鏡を押し上げて前を見据えた。
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### ◆ 試練3:歯車の隙間
橋を渡り切ると、眼前に**巨大な歯車**がいくつも噛み合いながら回転していた。その隙間を通らねば先へ進めない。歯車同士が擦れ合うたびに**火花**が散り、金属音が低く響く。狭い隙間はまるで**刃のよう**だった。
《LogicDrake》が低く尾を叩き、タイミングを示す。《PetalWing》は光の粉を散らし、最短の道筋を照らした。《BlueBee》は回転速度を計算し、冷の視界に**青白い線**を描き出した。
冷は一瞬迷ったが、すぐに決意を固めた。
「**迷わない。行くぞ**」
二人を抱き寄せ、《BlueBee》の光を頼りに歯車の間へと飛び込む。金属の唸りが耳をつんざき、鉄の冷気が肌を切り裂くように感じた。息が詰まり、胸郭が圧迫されて呼吸が苦しくなる。指先の感覚が薄れ、まるで刃の檻に閉じ込められたようだった。
三人の身体は鉄の壁に擦れそうになり、髪が火花で焦げる匂いがした。耳元で爆ぜる音にさくらが小さく悲鳴を上げ、まつりは唇を固く結ぶ。
それでも彼らは**奇跡的に歯車の隙間を抜け出す**ことに成功した。
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さくらが涙を滲ませ、「怖かった……でも冷がいたから」と呟き、まつりは「無茶するんだから」と息を整えながらも口元を緩めた。冷は頷き、胸の奥で「この二人を守り抜く」と改めて誓った。
さくらはその光に照らされた冷の頬が赤いのに気づき、つられて小さく頬を染める。
まつりはわざとらしく咳払いして、「はいはい、あとで続きやって。**今は進む**」と茶化し、空気にわずかな緩みが生まれた。三人の胸の鼓動が一つに重なるように感じられた。
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### ◆ クライマックス:最後の勝負
歯車の回廊を抜けた瞬間、潮風が吹き込み、ひんやりとした空気が肌を撫でた。遠くから光が差し込み、甲板直下へ近づいたことを示していた。出口が近い──しかし、冷は直感した。ここからが本当の試練だと。
周囲には錆びついた鎖や崩れかけた鉄骨が散乱し、遠くで**雷鳴のような轟音**が響き、船全体がきしむ感覚が足元から伝わってくる。甲板の隙間から差し込む光が濁流に反射し、まるで闇の中に**銀色の刃**が踊っているように見えた。
濡れた髪が額に貼り付き、呼吸は荒く、胸は焼けるように苦しい。それでも冷は背筋を伸ばし、仲間に視線を向けた。さくらは小さく頷き、まつりは眼鏡越しに力強い瞳を返す。
三人の間に確かな**連帯感**が走った。
「まだ終わりじゃない。**ここからが勝負だ**」
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### ◆ 引き:迫る黒い水の手
甲板直下へ続く大扉の前に立つと、轟音と共に**黒い水の手**が這い出してきた。指先が鉄を軋ませながら広がり、不気味に三人へと迫る。
まつりは険しい表情で呟いた。
「……**ここからが、本番みたいね**」
その刹那、扉の向こうの通路奥で、何かが水面を引きずるような不明瞭な音がした。薄闇の中、光を反射した**細い影**が一瞬だけ滑り、すぐに見えなくなる。《BlueBee》の光が大扉を青白く照らし、《PetalWing》が羽音を震わせ、《LogicDrake》が尾を強く叩いた。
三人は互いに視線を交わし、次の一歩を揃えて踏み出す準備をした。
**三人の試練は、なお続いていた。**




