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第7話 7日目 日曜日

……知っていたのだろう、知る筈は無いのに。


雑念が浮かび上手く入眠できない。

疑問は浮かぶが、今はノイズを切り捨てて眠りに……ホテルの外に繋がるのだ、と私は心に定めた。


このホテル自体、虚像で偽りの場所なのだ、だから流れ去り溶け去る夢の(こしら)えものに(とら)われて、私自身が五官で再現する道理はない。

この客室も廊下もホテルの内部も……すべて幻とすれば。


自分が横たわるのは、もうホテルの寝台ではない。

完全な闇の中でやがて私自身の肉体の存在すらも溶けてしまった、そんな状態になった。

眼を開こうとしても(まぶた)が無くなっている。

その中で聴覚だけは聴いているようだった。

私自身が半ば壊れかけていながら、外からの音をとらえている……時折受信するラジオのように。


何ということだ、思い出した。

これは初めてではない、過去にあったことだ。

おそらく一度ではなく、何度も。

閉じられたループの中を、ゴールもスタートもなく走り続けるように輪廻(サンサーラ)の中にいる。

ベルトのように丸く繋がった廊下はまさしくそれを象徴化していた。

ならば涅槃(ニルヴァーナ)はあるのか。


だが何もない筈の闇の中にかすかなノイズは私の頭に届いていた。

涅槃(ニルヴァーナ)とは程遠い、現世の声、「外」の声が聴こえる。


『報告……×月×日日曜日……これまでの経緯を総括』


ドクターの声だ。

昏睡したままの私を通常の病院から引き取り転院と称して独立した研究所に連れて来たドクター。


『患者L。男性。40代。作業中の事故、噴出したガスを吸い神経にダメージ。昏睡状態に』


独り言のように……おそらくは自分自身で聴き直すためにボイスレコーダーに吹き込んでいるものだろう。


『……××年の法改正により、本人及び家族等の延命措置の拒否について。尊厳を理由にした拒否も消極的な「殺人」にあたるとして、完全な自然死状態になければ延命措置は強制的に行われることになった。それにより患者Lも措置対象に。半年後、××中央病院での従来治療の効果が無い旨が改めて説明され、入院継続が経済的に困難になった夫人に対し、当ラボのコーディネーターが接触、研究への献体を含めた協力としてプロジェクトへの参加を提案し契約』


この声は今現在改めて発せられているものなのか、それとも過去に聴いた声を私が思い出しているものなのか。

ただこの内容は過去に既に聴いていて、先ほどまで忘れていたものだ。


『プロジェクトは昏睡状態の患者を開頭、脳の各箇所に電極を埋設。患者から発せられる脳波の感知ではなく、患者の脳に外部から信号を送り込むための経路を確保』


私は実際に見たことのないドクターの声は、パーソナルな録音の場においても、誰もを突き放す冷徹な声で、自身の手がけるものを他人事(ひとごと)のように語っている。


『患者に外部からの刺激を与えることで昏睡状態からの覚醒を試みる……夫人の協力で患者自身に呼びかけを行なったり、事故前の患者の馴染(なじみ)深い事物を夫人から聴き取りリストにして患者の記憶を呼び起こす手がかりとし、それをきっかけに覚醒を(うなが)すという方向で計画を作成。外部からの刺激に対し患者の脳波の反応を検知』


ドクターの感情の抑えられた……感情の無いかのような声が続く。


『××中央病院入院時に比べ脳波の反応は明確に認められ、脳波の反応の大きい事項と小さい事項をふるい落とし、リストをブラッシュアップ、大きな反応が認められた項目を定期的なタイミングで試行。リストの上位項目はほぼ確定し、それ以下のものは時と場合によりばらつきがある。……当ラボに来られない時のことも考慮し、夫人には呼びかけの音声を録音、および患者が好んでいた楽曲のアカペラもアーカイブ化し、当ラボの判断での利用を可能にしておく』


……怒るべきなのかもしれないのに、私の感情からそれが抜け落ちていた。既に知っていたことだからだろうか。


『定期的サイクルで幾つかの刺激を行うが、ある幅の反応が検知できるものの、その後に(なぎ)の状態に戻り活性化が継続しない』


私の頭に霧がかかり始める。

重要な情報を引き継げず、まだらのままの記憶は(うず)められて、また来週のサイクルの終わり頃に思い出させられるのだろうか。


『計画開始から2年、夫人がプロジェクトの契約破棄を提案してくる。法による強制的な延命措置の倫理的な議論が社会的に争点になったことにより、当初の判断を誤りと考え即時の実験停止と患者の尊厳のために装置の取り外しを申し入れ。コーディネーターにより説得が行われるが訴訟も含めて申し入れると決裂……当ラボの法務により係争中、夫人が自死とも事故とも判然としない状況で急逝。』


そうだ。

ラジオや電話を通して届いた彼女の声はすべてアーカイブなのだ。

私の声が届かないのは唇の動かないためじゃない。

そこに彼女がいなかったからなのだ。


『プロジェクトは続行、更に洗練化される。現状で患者Lはリスト上位項目に大きい反応を示すも一定期間で元の状態に戻る……ほぼ一週間の回帰で繰り返されるのが認められる……ラボの始業する月曜日から開始し上位項目を定時に試行、過去回との数値の比較を行う。反応の数値はほぼ一定で、これは過去回の記憶の蓄積がなされず一定期間で忘れ去られてしまっている可能性が考えられる』


そうだ、私はまだ十分に死に至っていない。

天国にも地獄にも行っていない。

そして何度も繰り返して七日ごとに忘れてしまうのだ。

いつもある程度まで行くと意識に混乱が生じそれまでの一週間の記憶が失われる。

「私」は金曜日に最大のパニックを起こし、土曜日にほとんど無反応な状態になる。

そして日曜日に全ての真相を思い出して……


『定期的に試行する項目を継続するとともに、リスト下位の項目を今後も試行、反応の変化を注視。』


それはこれまでに繰り返され、そうしてこれからも繰り返されることなのだ。

月曜日にはすべてを忘れ去った私が、初めてのようにホテルのベッドの上で目覚めて、そして……



初出:2023年(令和05)08月13日(日)21:50

[カクヨム] https://kakuyomu.jp/works/16817330661659578791/episodes/16817330661892538050

「カクヨム夏祭り2023【1週間耐久!真夏の創作祭】」( https://kakuyomu.jp/info/entry/2023/07/26/120000 )参加作品。


再録:2025年(令和07)03月05日(水)

[小説家になろう]



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