第47話 ピエロの男
異世界に転移して20日目の早朝5時、二人は旅立ちの準備を整えていた。仁と真那は慈愛が用意してくれた服に着替え終わったところだった。
仁の服は、まさに冒険者らしいデザインで、多くのポケットが付き、部分的に胸や肩にプロテクターの付いた丈夫そうなものであったが、少し古びていた。
一方、真那の服は、緑色の魔法使いのローブのようなデザインで、露出はほとんどなかった。
異世界ならではのちょっとしたセクシーな衣装を期待していた仁は少しガッカリしていたが、真那はこの服をとても気に入っているようで、喜んでいた。
「真那の服は以前、私が着ていたものだ。仁の服は蔵にあったのを持ってきたんじゃ。全部が新品だと目立ちすぎるから、あえての中古品を選んだのじゃ」
「いえいえ慈愛!ありがとうございます。とても気に入りました」
真那は微笑みながら答えた。
仁は、慈愛が用意してくれた服に感謝しながらも、どこか古びた感じがかえって冒険のリアリティを高めてくれるように思えた。デルカニア産の服に身を包む事により、これから始まる新たな冒険に向けての気持ちが引き締まったようであった。
真那に至っては、慈愛の贈り物であるローブに身を包み、その緑色が自然と馴染む感じが気に入っていた。魔法使いのような装いは、内に秘めた力を引き出してくれるようで心強く感じた。
二人は異世界で歩いても違和感のない恰好に身を整え、普段会社に持ってきているビジネスリュックを背負っていた。一方、真那は同僚から借りた小さめのリュックを背負っていた。慈愛は二人のリュックに布のカバーを掛けた。
これは現代から持ち込んだリュックでは目立ちすぎるし、雨除けにもなるという配慮だった。
仁は当初、ゾルを背中に挿していたが、耳元の近い位置にゾルの頭がきてしまい、ゾルが喋るとその声が頭にキンキンと響いてしまった為、腰に挿しなおした。それでもゾルの声は十分にうるさかったが、少しはマシになったようだ。
真那には30センチほどの魔法のスティックが与えられた。慈愛の持っているネフィリアの杖とは大きさが全然違ったが、まずは手頃なものから魔法スキル専用の武器に慣れていく方が良いと慈愛は説明した。
「この服と道具で十分戦えるはずじゃ」
慈愛は二人を励まし続けて言った。
「まずは慎重に行動することが大事じゃ。お主らの常識がデルカニアでは異なる場合があるからの」
「ありがとうございます慈愛。心して行きます」
真那はしっかりした面持ちで答え、仁も真剣な表情で頷いた。
目的となる最初の町「レイクサイド」までは約50キロメートルの距離があるとされている。
以前、仁は移動手段として車は無理としても、バイクや自転車を使えないかと提案したことがあった。羽曽部食品の敷地内にあったものが一緒に異世界に転移してきていたからだ。
その提案を慈愛は即座に却下した。そんな目立つ移動手段では、怪しすぎる上に標的にされやすいというのが理由だった。
二人が特に気にしていたのは[モンスター]と呼ばれる存在についてだった。これに関して慈愛は、現在このデルカニアは魔王に支配されているわけではない為、モンスターの凶暴性は低く、普通の動物のように生活していると説明した。ただし、生きるための防衛行動として人間を襲うこともあり、これは仁たちの現代社会と大きく変わらないと言う事だった。
しかし、モンスターの中には人型で知能を持つものも存在する。ゴブリンやオークといった種族がそれに該当する。
知能があるため、単に食べるためだけでなく、自己の欲求を満たすために人を襲うこともあるというのだ。
なるべくなら凶悪なモンスターとは関わりたくないなと二人の表情は険しくなっていた。
一通りの準備が整い、二人は外に出た。そこには早朝にもかかわらず、会社の皆が集まっていた。応援と見送りのために駆けつけてくれたのだ。
「ここまで大勢で見送られると、なんだか急にプレッシャーがかかるな」
仁は真那を見て冗談交じりに言った。
「でも、皆の期待に応えられるように頑張らないとですね」
真那は微笑みながら臆することなく仁に決意を伝えた。
二人の姿に従業員たちの「おお!」と言う歓声が上がる。今まで会社で見ていた二人とは違って見えたようだ。服装のせいもあるが修行により一段と凛々しく見えたのだろう。二人と親しかった友人や品質管理課の皆が近づき二人を激励する。
小田はいつも以上の真剣な顔で仁に近づき、両手で仁の手をグッと力強く握った。
「須沖課長。あまり無理しないでくださいね。真那ちゃんの事、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ。何とかやってみるさ!」
いつもの頼りになる仁の表情に小田は安心したのか、仁の手をそっと離すと、次に真那にも激励の言葉を掛けその場を離れた。
他にも羽曽部社長を始め、役員たちや土屋工場長なども激励に来てくれた。二人は皆に感謝の意を示し、早々に挨拶を済ませて結界の外へ向かう準備を整えた。
そして今日も、昨日と同じように真那の親友である豊川ちはやは現れなかった。仁はさほど気にしていなかったが、真那にとっては羽曽部食品入社からの友人でもある。やはり自分が選ばれなかった事にショックを受けているのだろうとちはやの心境を心配していた。
準備を終えた二人に、慈愛が近づいて最後の言葉を掛ける。
「二人とも、結界を越えるとプテラノドンが待っておる。この森の範囲内でしか行動できないが、街道の近くまで乗せてくれるぞ。そうそう、そのプテラノドンはお主たちが一番最初に出会ったやつじゃ。迷惑をかけたからと志願してきおったのじゃ」
この情報に二人は驚きつつも感謝した。少しでも距離を稼げるのはありがたいことだった。ここまでプテラノドンが来なかった理由は、プテラノドンと従業員がお互いにパニックに陥ることを避けるため、結界の外で待機させているためだった。
二人は皆にお礼を言い歩き出した。慈愛は腕を組んでその様子を見守っていた。二人が振り返ると、慈愛は組んでいる腕のほうから二本の指を立てて軽く振り、合図を送った。
「「それじゃぁ行ってきまぁす!」」
二人は声を揃えて大きく手を振り、皆に別れを告げた。
◇◇◇
羽曽部食品の敷地の境界まで歩いて行くと、半透明の薄いピンク色の壁が見えてきた。それは慈愛が張った結界オーロラフォートレスだった。慈愛の話によると、この結界は邪悪な者を阻む力があるという。
二人がそのまま近づくと、何の違和感もなくスルッと結界の外に出ることができた。そして、そこには見覚えのあるプテラノドンが待っていた。
仁が羽曽部食品の方向を振り返ると、さっきまで遠くに見えていた本社棟の建物が消え、ただの森が広がっているだけだった。慈愛が言っていた通り、外からは結界内の様子がカモフラージュされているのだ。
「本当にすごいな、この結界。中からは普通に見えるのに、外からは全く分からないとは」
「さすが慈愛の魔法ね。これなら安心して旅立てるわ」
二人が再び振り向き、プテラノドンに乗ろうとしたその瞬間、近くの木から何かの塊がドタッと落ちてきた。それは、人の形をした奇抜なピエロのような姿だった。
「20日も待ちくたびれて、爆睡してしまいましたよ」
仁と真那は一気に警戒態勢に入った。この男が言う「待ちくたびれた」とは、羽曽部食品が異世界に転移してからずっと、20日間も誰かの到来を待ち伏せしていたということだ。それもこの異様な格好で。
ピエロの姿をした男は異世界の住人なのだろうか?声からすると30代ぐらいの男のようだが、顔は厚化粧のピエロのようで、正確な年齢はわからない。
男はゆっくりと派手な柄のズボンに付着した土汚れを掃いながら、立ち上がった。
「あ~虎峰が起きたニャー」
空からはネコか虎のような、軽自動車ぐらいの大きさで白色と金色の縞模様の毛並みを持った言葉を発する動物がフワフワと飛んで来た。
するとそのままピエロの男の元へと降りてきた。その動物に先ほど虎峰と呼ばれたピエロの男はヒョイッと跨って仁と真那を見た。
「私は虎峰、この子はリムと言う名です。貴方たちは現代社会から来た<落ち人>ですよね?」
二人はギクッとした。あんなにバレないように念を押されたのに早速自分たちが<落ち人>とバレてしまっている。
「だとしたらなんだ?」
何かのアニメで見たようなコスプレチックな男に向け、仁は<落ち人>であることをあえて肯定も否定もせずに答えた。
「私は六賢者の慈愛が選んだ<落ち人>にどれほどの力があるのか試したいのですよ。ようは戦いたいだけです。敵か味方かと言えば、今は敵ですかね」
格好も奇抜だが考え方も奇抜だった。戦闘狂なのか。あまり関わりたくないが20日も待ち伏せしていた奴がこのまますんなり見逃してくれそうもない。二人は戦って退けることも考えた。もしかして二人で戦えばそんなに強い奴じゃないかもしれない。
そんな表情を察したのか、虎峰は衝撃的な発言を二人に放つ。
「ちなみに私はデルカニアで一番強いですよ」
しかし、それを聞いた仁は虎峰の顔を見据えたように嘘だと感じた。
それなら結界の外でのんびり待っている筈がない。今このデルカニアを統治している六賢者より高いスキルレベルの人はいないと慈愛は言っていた。
相手が嘘を言っている様であれば、こちらのハッタリも通用するかもしれない。そう考え、仁は一歩前へ出た。
「そんなに強い奴が結界に手も足も出ずに外で待ち伏せか」
仁はカマを掛けた。相手の嘘を見破ったときに相手がするであろう反応で力量を計ろうとしたのだ。
しかし虎峰は動じない。結界の方を向きをボーッと眺める。
「まぁこんな結界はすぐ壊せますけどね・・・」
虎峰は傘のような物を取り出した。見た目はそのまんま傘であったが傘の骨組みの先端に様々な色をしたボールのようなアクセサリーが一つずつ付いていた。虎峰は傘を広げそれを思い切り上から下に振る。すると傘が裏返しに引っくり返り、先端についた丸いアクセサリーが一つに合わさる。そしてそこからムチが具現化され一気の伸びた。
「仁!あれは[宝具]じゃ。デルカニアでも希少な武器ジャ」
ゾルが仁に話しかける。それに虎峰も気付いた。
「おや、あなたも大変珍しい剣を持っていますね。喋る剣ですか」
「ワシは喋る剣ジャないゾ!大魔王ゾルガナスジャ!」
虎峰はニヤリと笑うと、ムチを大きく振りかぶり、力任せに結界に叩きつけた。ムチの先端が結界にピタリと貼り付き、そこから大量の光が放出される。光は次第に増していき、結界全体にバチバチと電撃が走り始めた。
「エレクトロウィップ!」
虎峰が叫ぶと、ムチの先からさらに強力な光が放たれ、それを中心に結界にヒビが入り始めた。
「(電撃の魔法!?)」
真那は相手の魔法力の強さに驚愕し、その圧倒的な力が自分の身体にまで伝わってくるのを感じた。
辺り一帯が眩い光に包まれた後、結界はガラスが砕け散るような音を立て、一気に粉々に崩れ去った。結界の破片はまるで効力を失ったかのように空中で溶けて消えていった。
「なっ!!」
仁と真那は目の前の光景に驚愕した。まさか、こんなに容易く結界が破られるとは信じられなかったのだ。
「さてと。そちらの要望にお応えしましたので、今度は私の要望にも応えてもらいましょうか。さぁ、戦いましょう」
虎峰は冷笑を浮かべ、挑発するように言い放った。彼の言葉には圧倒的な自信と冷徹さが滲み出ていた。
仁と真那は緊張感を高めつつ戦闘を回避する術が思い浮かばずに、虎峰に言われるがままに臨戦態勢を取り始めた。




