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第232話 王冠の墜ちる音 ― ゆうしゃ現る

 王ヴァレリオ・ウルカは、最後の切り札とばかりに声を張り上げた。

「伝説の勇者は<落ち人>であったよ。上の世界から召喚したのだ!」


 その言葉に、慈愛が思わず一歩前に出た。

「勇者の召喚・・・まさか、本当にそんな術が・・・?」


 立ち去りかけていた虎峰も足を止め、慈愛の隣に並んだ。

 二人の眼差しには半信半疑ながらも、戦いに臨む覚悟が宿っていた。


 ヴァレリオは得意げに顎を上げた。

「私とて王家の血を引く者・・・。王家に伝わる古文書を読んだのだ。その中に、古き勇者を召喚する術が記されていた。そして私は、ドラゴンウィスパラーを見つけ出し、難解とされる召喚術にも成功した!」


「なるほど・・・古文書に触れたがゆえに、兄上は・・・狂ってしまわれたか」

 グランデウスが静かに歩み寄り、慈愛と虎峰に並んだ。


 三人は無言のまま視線を交わした。もはや戦う覚悟は整っていた。相手が何者であれ、容赦する気はない。


 そして、王の間の後方扉が開き、二人の兵士に挟まれながら、いかにも頼りなげな少年が入ってきた。

 その声が響いた瞬間、空気が妙な方向に傾いた。


「え〜?いきなり戦闘?経験値貯めてからにしません?レベル足りない気がするな〜・・・」


 気の抜けた声に、慈愛とグランデウスが警戒心を強める一方で、虎峰だけはぴくりと眉を跳ね上げた。


 兵士に促され進み出たその少年は、ブレザーを着た日本の男子高校生。

 その顔を見た瞬間、虎峰は堪えきれず、肩を震わせ笑い始めた。


「・・・プッ。伝説の勇者ですか?蒼汰」


 蒼汰――そう、羽曽部食品の食堂に優菜とふらりと訪れ、仁にボロ負けしたあの少年だった。

 蒼汰は呆然とし、虎峰の顔を見つけて叫ぶ。


「えええ!?悠乃助さん!?なんでここにいるんですか!?」


 王の威厳を込めた号令が飛んだ。

「さあ!伝説の勇者よ!この者たちを成敗せよ!」


 蒼汰はその方向を一瞥し、あからさまに顔を引きつらせた。

「いやいや・・・無理っすよ。勝てるわけないじゃないですか・・・」


 ヴァレリオは蒼汰の反応に面食らい、怒りで声を荒らげた。

「何をしておる!命令だぞ!殺せ!」


「いやいやいや・・・ほんと無理なんで・・・お断りで・・・」


 その言葉に、虎峰が堪え切れず腹を抱えて笑い始めた。

「くっくっくっ・・・ハッハッハッ」


「な、何がおかしいというのだ!」

 怒声を上げるヴァレリオを、虎峰が指で示しながら満足げに言う。


「蒼汰はゆうしゃはゆうしゃでも、"勇者"ではなく"遊者ゆうしゃ"。[遊具を操る者]のスキルを持つ[遊者]です。残念でしたね」



「な・・・クッ・・・ソ・・・が・・・」


 言葉を失い、全ての希望が霧散していくのを自覚しながら、ヴァレリオ・ウルカは膝をついた。

 その姿は、王としての最後の尊厳をも失った、ただの老いた男だった。


 その様子を見た慈愛とグランデウスは、ついに全ての戦いが終わったことを悟る。


◇◇◇


 その後、蒼汰は慈愛に保護される形で王都を離れ、一時的に羽曽部食品に身を寄せる事となる。


「これって転生ってやつなんすかね〜?いや、召喚か。まぁどっちでもいいか・・・」


 その暢気な言葉に、慈愛は肩をすくめつつも、妙に安心していた。


 一方、虎峰は再び姿を消した。

「ちょっと準備してくるんで」

 そう言い残して王都を後にし、どこかへと消えていった。


 ヴァレリオ・ウルカは正式に王の座を剥奪され、一時的に拘束された。王位は空位となり、後継者選定の議論が始まった。

 その企みに加担していた者たちも、慈愛のスキル[スキャン]により精査され、しかるべき処置が取られていった。


 グランデウスには王の座が打診されたが、彼はきっぱりと断った。


「私は私のやるべきことをやる。名ばかりの王など不要だ。私は六賢者として、この国の知を守り続ける」


 その背にあったのは、かつて誓い合った兄との理想。たとえ裏切られようとも、その想いだけは捨てずにいた。


 そして――


 かつて兄弟が語り合った平和なデルカニアを取り戻す、その第一歩が、ようやくここに刻まれ始める。

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