第195話 ワイバーンの笛
フェイドウッドでは、まさに死闘が繰り広げられていた。
仁は額に汗を滲ませながらも、ひとつ、またひとつと空を舞うワイバーンを撃ち落としていく。火球を吐く個体には剣に纏わせた[ディスタント]で何倍にも威力を増した火球を跳ね返し、鋭く突進してくるワイバーンには、剣技と[リフレクト・サイクロン]によるカウンターで迎撃する。
「すごいですニャ・・・ご主人様が、ここまで強いなんて・・・」
ナナは村人の救出を続けながらも、その目を仁の戦いに奪われていた。仁の動きは洗練され、戦場の流れを読みきった一挙一動に迷いがない。
「そりゃそうっすよ。六賢者が一目置くほどの力を持ってるんすから」
炎の消火を続けていた未来が得意げにそう言った。その声には仁への信頼がにじんでいた。
だが、村の被害は甚大だった。未来とナナの手で救い出せたのは、わずかに二十三名。すでに他の村人たちは息絶えており、ナナの鋭敏な猫耳をもってしても、助けを求める声や呼吸の気配を感じることはなかった。
今、仁が対峙しているワイバーンの群れは、かつて慈愛が戦った個体と同じものである。あのとき、神獣[レディアンハート]の出現により逃げ去った者たち。だが、仁たちはまだその事実を知らない。
「未来さん、救出した人たちをお願いしますニャ。私は、ご主人様を援護してくるニャ」
そう言い残すと、ナナは風を切って駆け出した。あまりの素早さに未来は一瞬呆気に取られたが、心配はなかった。彼女はSランクの冒険者。その背に託せる信頼がある。
仁の背後に迫る一体のワイバーン。咄嗟に体をひねり迎撃に移ろうとしたその瞬間――
ザシュッ!
ワイバーンの首が宙を舞い、血飛沫が夜空を裂く。そこには、両手に鋭い鉤爪を備えたナナの姿。淡く光る刃に返り血が滴っていた。
「援護しますニャ!ご主人様!」
「おお、助かった。数を減らしてもらえると助かる!」
仁は地上で次々とワイバーンを討ち取り、ナナはその跳躍力を活かして中空にいるワイバーンへと襲いかかった。その連携はもはや一つの戦術として完成されていた。
「二人ともすごいっす・・・。あのワイバーンの群れが、見る間に数を減らしてるっす・・・」
未来は消火作業の手を止めることなく、感嘆の声を漏らした。
やがて、二十体いたワイバーンのうち、生き残ったのは一体だけとなった。最後の一匹は、決死の覚悟で仁とナナに向かって突進する。
そのとき――
ピィィィイイィィ・・・!!!
甲高く、どこか哀しげな音が空に響いた。笛のようなその音に反応するように、ワイバーンは動きを止め、戦意を喪失するかのように羽ばたきをやめた。
「ん? なんだ、今の音は・・・?」
「今の音は、宝具ナンバー80【ワイバーンの笛】の音だよ・・・」
静かに、どこからともなく声が響いた。
その声とともに、空間が歪むようにして虹色の光が揺らめいた。半透明の布のようなものが空中にふわりと現れ、それをまるでマントのように引き剥がす人影が姿を現す。まるで、透明人間がそこにいたかのような演出だった。
現れたのは、漆黒の鎧を纏った一人の男。銀髪が風に揺れ、鋭い眼光がこちらを射抜く。異様な気迫とともに、確かな殺気が漂っていた。
その姿に、仁の目が見開かれる。
「・・・ブレイズ!?」
思わず名前を呼ぶ仁に、男は冷たく笑みを浮かべた。
「フフフ・・・まさか、こんな場所で標的に会えるとは。俺も運がいい・・・」