第185話 待ち伏せの飛行生物
王都ロイヤルヘイブンを発ち、慈愛はペトラの背に乗って羽曽部食品へと急いでいた。空を裂くように滑空するペトラの飛行は、往路よりも格段に速く、慈愛もまた焦燥に満ちた面持ちでその背にしがみついている。
ブレイズの脱走、そして「無尽の宝庫」の奪取。さらに、仁の名が挙げられたこと・・・。全てが、ただ事では済まされぬ気配を漂わせていた。
空路の三分の一を過ぎた頃、遠方に不穏な影が浮かんでいることに気づいた。三体の飛行型生物が、空中で静止するように待ち構えていた。
それは、ワイバーンだった。
竜種に近い風格を持ち、全身を覆う緑鱗は硬質な光を反射している。猛禽のような二枚の翼で空を自在に飛び回るその姿は、山岳や深い森に潜み、人間とは交わることのない孤高の獣だ。
「なぜじゃ・・・なぜこんな所に、三体もおる・・・?」
本来、人目に姿を晒すことのない存在。しかも三体同時に空中で待ち構えるなど、偶然では説明がつかない。
次の瞬間、ワイバーンの一体が口を大きく開き、真紅の火球を吐き出した。
「来るぞ、ペトラ!!」
ペトラは瞬時に反応し、機体を傾けて火球をかわす。二発、三発・・・続けざまに火炎が放たれる。
「攻撃してきおった・・・!こちらは何もしておらんというのに・・・!」
慈愛の顔に戸惑いと緊張が走った。ワイバーンは基本的に本能のままに動く。狩猟、縄張り意識、防衛・・・それ以外に理由はないはずだ。だが、明らかに今の三体は待ち伏せしていた。まるで慈愛の進路を予見していたかのように。
「・・・やむを得ん。ペトラ、応戦するぞ!」
慈愛はペトラの背に仁王立ちとなり、両手を広げて魔力を集中させた。
「シャイニングシューター!」
左手に光の弓が浮かび上がり、右手には光の矢が現れる。
「わしは殺生を好まん・・・だが、攻撃の意思を向けられた以上、応えねばなるまい」
ワイバーンたちに言葉が通じるとは思っていない。それでも慈愛は、戦う前には言葉を交わす。たとえ意味を持たぬとわかっていても、それが彼女なりの戦いへの礼節だった。
「シャイニングアロー!!」
光の矢が弓から放たれ、扇状に拡散する光線となって空を切り裂いた。中心にいた一体のワイバーンは、光に貫かれた瞬間、閃光と共に塵となって消えた。
だが、残りの二体は直撃を避け、咆哮を上げて慈愛めがけて飛び込んでくる。
「くっ・・・威力が分散してしもうたか」
ペトラは空中で旋回を繰り返しながら逃走を試みる。だが、空の覇者であるワイバーンの飛行速度は速く、追いつかれるのは時間の問題だった。
「ペトラ!地上ギリギリまで急降下じゃ!その後、一気に上昇するぞ!」
「キキーッ!!」
ペトラが雄叫びを上げ、急角度で地上へ向かって突っ込んでいく。追いすがる二体のワイバーンも同様に降下を開始。
地面まであと数メートルという地点で、ペトラは一気に翼を広げ、反転上昇を行った。追撃していたワイバーンたちは一瞬の遅れで高度を失い、その体勢を立て直そうと羽ばたきを始める。
「シャイニングシューター!」
慈愛は即座に次の矢を具現化させ、再び弓を引き絞った。
「今なら、重なっておる・・・!」
上昇軌道を描くワイバーン二体は、その位置がわずかに重なり合っている。慈愛はそこに一点集中で矢を放った。
「シャイニングアロー!」
放たれた光の矢は、まるで稲妻のように一直線に走り、二体のワイバーンを貫いた。
「グギャギャギャァァァ・・・!」
断末魔の叫びを上げながら、ワイバーンたちは空中で細かな光粒子となり、消滅していった。
勝利の直後、慈愛は全身の力を抜くようにしてペトラの背にぺたりと座り込んだ。
「ふぅ・・・久しぶりの攻撃魔法は骨が折れるのぉ・・・」
空を見上げれば、いつの間にか雲が厚く覆い、雨の気配が空気に漂い始めていた。
「まずいの・・・雨が降れば視界も飛行も制限される。急ぐのじゃ、ペトラ!」
ペトラは慈愛の声に応じて再び羽ばたきを始めた。だが、その足がふと止まる。
「む?どうしたのじゃ?」
ペトラがジッと一点を見つめていた。慈愛もその視線の先を追い、眉をひそめる。
次の瞬間、視界の果てから、無数の影がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。
それは・・・ワイバーン。しかも、先ほど交戦した個体と同じ種。ざっと見て、十体はいる。
「なっ・・・なんじゃと・・・!?まさか、ブレイズの・・・!」
慈愛の脳裏に、ある最悪の可能性がよぎった。これはただの偶然ではない。計画された妨害だ。
「ブレイズ・・・ここまで仕込んでおったとはの・・・!」
空は不穏に唸り、遠雷が空の彼方で鳴り始めた。慈愛の手は再び魔力を集め、光を形に変えようとしていた。




