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第12話 サイの群れ

 昨日まで進めていた水路の基礎作りが全て無駄になってしまった。見た事もないような大きな足跡を残して踏み荒らされていたのだ。


 現場に到着した品質管理課のメンバーは無言でその光景を見つめ、誰もがショックで立ち尽くし、動こうとはしなかった。

 仁は作業場に近づき、屈んで足跡を確認する。3つの指、いや爪なのか、明らかにそれは動物と見られる足跡で踏み荒らされていた。


 ふと、仁は昨日のサイの大群を思い出し、川を隔てた草原の方向に目をやる。すると、昨日と同じようにサイの大群がたむろしていた。それはまるで、こちらの反応を窺っているように見えた。


「犯人はアイツらか・・・何でこんな事を・・・」


 真那が仁の隣に並び、同様に遠くのサイを見ながら口を開いた。

「偶然でしょうか?たまたまここをサイが通ったんですかね・・・」


 仁は真那の言葉を聞き、もう一度足跡の方へ視線を向ける。真那の言う通りにたまたま通りかかった足跡なら、ほぼ一定の方向に向いている筈だ。だが、足跡は様々な方向で一点にだけ無数に集中していた。


「いや、これは明らかにここを狙った行動だ・・・」

 仁は首を振り、悔しそうに呟いた。


 今更場所を変更するか?しかし他の部署も作業は進んでいる。場所を変更したとしても同じことが起きないとも限らない。

 そんな状況を見かねて、小田も仁に神妙な表情をして近づいて来た。

「須沖課長、異世界人の慈愛さんなら、サイとお話出来るのではないですか?」

「はぁ?そんなバカな事・・・あっ!」

 小田の言葉に仁は気付いたように声をあげた。


 異世界に転移した初日、慈愛はプテラノドンと話をしていた。もしかしたら話が出来るかもしれないと微かな希望を思い描いた。


 取り敢えず今は作業を始めるのを控え、慈愛に意見を聞く事が先決であると仁は判断した。

「すまないが原田君。慈愛を呼んできてくれ」

「わっ、わかりました!」


 慈愛は寝泊まりしている本社棟から作業状況の確認を川に向かって巡回しに来る筈。一早く状況を把握してもらう為に、若手の原田に走ってもらった。


 しばらくすると馬の蹄の音が聞こえ、遠くから慈愛が馬に乗ってさっそうと現れた。


「あれ?原田君は?」

 仁は馬に慈愛しか乗って来ていない事に気付き慈愛の方を見た。

「ああ、呼びに来たやつか。昨日も言ったがこの馬は特別での。他の者は乗せん。わしが乗っていたとしても他の者が乗れば拒むのじゃ」


 そう言うと慈愛は馬から降りて現場を確認する。


「ふむ、さつきの原田と言ったか。そやつに聞いた通りじゃな。お主らの考え通り、これは意図的にこの場所を狙ってサイにやられておる」

「え?どうしてですか?」

 真那が質問をするが、慈愛はそれにお手上げのポーズをした。


「さぁ、それはわからん。しばし待て。サイに理由を聞いて来るぞ」

 慈愛は再び馬に乗り、助走をつけ川へ向けて走り出すと、一気にジャンプして飛び上がり、空中を駆けるようにして難なく川を飛び越えた。

 目算ではあるが、向こう岸まで20~30メートルはあるだろう。そんな距離を難なく飛び越えてしまう異世界の馬は、やはり慈愛の言う通り特別なのであろう。


 それよりも慈愛がこちらの意図を理解して行動してくれた事にはありがたかった。やはり慈愛は動物たちと話す術を身に付けている。仁たちは遠目に慈愛の後姿を見守っていた。


◇◇◇


 慈愛は川を飛び越えるとサイの集団に近づいた。サイたちは警戒し一歩後ずさりするが、他の個体よりも大きめのサイはドンと構え、慈愛の前に立ちはだかる。

 その風貌からこの群れのリーダー格であろうと慈愛は気付いた。片目には大きな傷があり隻眼であった。その他にも体表には無数の傷跡も見られ、それらの傷は群れを守るために傷付いたのであろう事を物語っていた。


《おぬしがこの群れのリーダーか?》

 慈愛は普通に喋るように口を動かすが、発せられる言葉はサイにも伝わる動物の言語であった。

《ぬっ、我らと同じ言葉を話せるのか?いかにも私がリーダーだ。お前は何者だ!》

《わしは六賢者の一人、慈愛じゃ》


 堂々とした慈愛の佇まいに、それを聞いていたサイたちはビクッと体を震わした。サイにとっても六賢者慈愛の認識は備わっていたようだ。無論、この辺一帯の地域が慈愛の治める土地である事も知りえていた。

 また、この特殊な言語を用いて話しかけてくるなど、六賢者の慈愛しかいない。目の前の人間が慈愛だと瞬時にサイたちは理解した。


《も、申し訳ございません。まさかあの人間たちが慈愛様の関係者であるとは》


 サイは弁明したあと、自然に手を加える人間に制裁を加える為、警告する為に夜間の間に破壊工作をしたそうだ。彼らも大きな敵意がある訳ではない。それならば人間を襲えば済む話だからだ。


《お手を煩わして申し訳ない。もう二度と手出しはしません》


 サイが丁寧に謝罪するのに対し、慈愛は少し腕を組み考えたあと、何かを閃いたようにポンと手を叩いた。


《いや、今回の件。このまま少し協力してくれ》


◇◇◇


 仁たちが見守っている中、慈愛は無事にサイの大群から離れ、向かった時と同じように川を飛び越えて戻って来た。

 その姿に仁たちも安堵する。


「よかった。慈愛さん。お話は出来ましたか?」

 真那が話しかけると慈愛は少し困ったような仕草をした。


「ふむ、話す事は出来たが、ここいら一帯はあのサイの縄張りじゃ。そこでここでの作業を許す代わりに提案を持ち掛けられた」


「提案?」


 仁が呟き慈愛を見つめた。再び慈愛は困った素振りを見せ足元を見た後、顔を上げた。


「お主らの代表者とサイのボスとの決闘じゃ。勝てばここでの土地を譲り受けることが出来る」


「「「「決闘?」」」」


 皆が同時に目を丸くして叫んだ。


 そして向こう岸のサイの方へ目をやると、先程までいたサイの群れは、場所を移動し始め、徐々に姿を消していった。

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