1日目(8)
僕の提案に、二人の美少女は呆れた顔をして、もうそれでいいかと半ば適当な了承を得て、三人で帰ることになった。
「僕は歩いて帰るけど二人はどうやって帰るの?」
靴箱の前で各々が靴を履いている最中。僕が二人に向かって質問をした。
「私は電車だから、駅までは歩いて帰ってるよ。そこまでは方向が同じだね」
靴を履き終えた島田さんは、僕の前に立つと僕の顔を覗き込むようにしてニコッと笑顔を見せながらそう告げる。
島田さんの行動に、僕は恥ずかしくなって咄嗟に目線を逸らす。するとその視線の先で、雫が座りながら丁寧に片方ずつ靴を履いていた。
「私は翔君について行くよ」
当たり前の様にそう言った雫は「よいしょっ」と声を出して立ち上がると、スカートをパタパタと叩いてから、僕の左側が定位置だと言わんばかりにスッと近づいてくる。
雫の行動に対応する様にして島田さんは慌てて僕の右側に移動すると、僕を挟む形で二人は視線を交わす。
「その……帰りましょうか」
「うん」
「そうだね」
何処か似ている二つの声に挟まれて歩き出した僕達は、周りとは明らかに空気感の違う二人のおかげもあってか、周囲の人達からの目線を集めながら学校を後にした。
「それで、どうかしたの島田さん?」
「へ?」
雫を睨み続ける事に集中していたのか、僕の質問に島田さんは腑抜けた様な声で返事をしてくる。
「ほら。だって朝挨拶をするぐらいで、僕達こんなに話した事なんて無かったから」
「いや、それはその……」
僕の質問に、島田さんは何かを探す様に空中で両手を動かす。
「あれ、そうなの?」
島田さんが答えるよりも早く、雫が不思議そうな声を出して、僕の前から島田さんの顔を覗き込む様に、前のめりになって質問をしてくる。
「そうだよ。こんなに話したのは今日が初めて」
僕が落ち着きを失った島田さんの代わりに答えると、雫は意味深に「ふーん」と呟いて、島田さんの顔をじっと見つめた後。不服そうに頬を膨らませ、あからさまに不機嫌な顔を見せる。
「ごめんね、翔君。私ちょっと用事思い出したからここで帰るね。海ちゃんもバイバイ」
「え、ちょっと待てよ」
僕の静止の声も聴かないまま、雫は歩くペースを上げて一人だけ進んでいってしまい、みるみる内にその姿は見えなくなってしまう。
嵐の様に去っていった雫の姿に、取り残された僕達は唖然として立ち止まってしまう。
「柊さん。行っちゃったね……」
呆けている僕の意識を戻そうしたのか、先程よりも近くから島田さんの声が耳に入ってきて、僕は咄嗟に声の方に顔を向ける。
すると、思ったより島田さんは近くにいた様で、もう顔のすぐそばと言う状態になってしまい、僕は慌てて1歩下がる。
「か、帰ろっか……」
「そ、そうだね……」
僕が恥ずかしさのあまり緊張しているのが伝わったのか、島田さんは俯いてしまうが、彼女は決して、近づいたこの数センチの距離を元に戻そうとはしなかった。
そんな数センチの間が温かくて、こそばゆい春風が吹き抜けるから、話をする事も出来ずに、この表現し難い気持ちを胸に残して、僕達はまた歩き始めた。
「あれ? 私、柊さんに名前教えたかな?」
島田さんはそう呟いていたけれど、そんなことを気にしていられる程、僕の心にゆとりは無くて、その言葉に返す事は出来なかった。