特撮ヒーローの夢に邁進する映研メンバー
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
我が畿内大学映画研究会は大学祭に学内上映会を開催するのが伝統になっていて、少なくとも一本は新作の映画を撮影するよう心掛けているんだ。
だけど大学祭用の自主製作映画で、まさか自分の案が採用されるとは思わなかったよ。
「特撮ヒーローか…枚方はそういうのが好きだからな。良いぞ、やってみろ。だけど予算はあまり出せないから、その辺は創意工夫で上手くやってくれよ。うちの苦しい懐事情は枚方もよく分かっているだろうし。」
「わ…分かってますよ、蹉跎会長…」
映研会長の蹉跎真道先輩に言われるまでもなく、予算のやりくりは重要な案件だった。
正攻法で制作しようとすると、特撮ものは予算が幾らあっても足りやしない。
御世辞にも潤沢とは言えない限られた予算で、如何にしてセンスのある映像を撮影するか。
そこが腕の見せ所だった。
とはいえ幸いにも、主人公の変身するヒーローのスーツに関しては既に準備が出来ていたんだ。
高校時代の長期休暇に材料をチマチマ集めて作ったヒーロースーツは、一回生の時に撮影した短編映画に端役として一カット登場させたきりで押入の肥やしになっていたから、こうして再び日の目を見せてあげられて喜ばしい限りだよ。
「へえ、成る程…これが枚方先輩御手製の等身大ヒーローである『仮面ウォーリア』なんですか。」
「バイク用のライディングスーツやラグビー用のプロテクターとか、有り物の材料を組み合わせて作ったんだ。細かいパーツは百均で買ったりプラモのジャンクを塗装したり。安上がりだけど、割とそれらしく見えるだろう?何事も創意工夫だよ。」
携帯の画像を覗き込む女子部員の興味津々な眼差しには、ついつい饒舌になってしまうよ。
今年の春の新歓イベントを機に入部してくれた園樟葉さんは、血色の良い端正な童顔と細身でスポーティな体格というスポーツ系サークルの似合いそうな容姿とは裏腹に特撮映画を始めとするマニアックなジャンルにも造詣が深くて、映研には勿体無い位の素晴らしい人材なんだ。
僕とは悪友みたいに馬が合うみたいで、公私共に本当に御世話になっているよ。
僕がメガホンを取るホラー映画には殺人鬼や狂人の役に進んで志願してくれるし、プライベートでも一緒に映画を観に行ってくれるし。
今回の自主製作映画の草案にしたって、真っ先に興味を示してくれたのは樟葉さんだったんだ。
「ヒーローは問題ないとして、敵キャラはどうするんです?当ては何かあるんですか?」
「前に撮った短編SFのインベーダーのマスクがあるから、それを怪人に転用してみるよ。研究機関から逃亡した生体兵器を主人公が討ち取る流れにしたら、たとえ怪人を一体しか出せなくても何とかなるんじゃないかな?」
だが、どうやら僕は自分の構想に満足出来てはいなかったらしい。
撮りたい要素を切り捨てたという無念の思いは、後輩の女子部員に見透かされていたんだ。
「その筋書きで、枚方先輩は御納得なのですか?一騎当千の変身ヒーローが、群がる悪の軍団を相手に格好良く戦う。そんな外連味とロマンの溢れる構図を撮りたいとは思いませんか?」
「そりゃ僕だって出来る事なら、『マスカー騎士』のサタン機関みたいに大幹部や戦闘員を抱えた悪の大軍団を登場させたいよ。だけど、それだと頭数や衣装を揃えるのが大変じゃないか。特に戦闘員なんかは、揃いのユニフォームを誂えるのも馬鹿にならないし…」
出来ない理由を言い聞かせるような口調で列挙してしまったけど、果たして僕は誰を説得したいのだろう。
目の前にいる後輩の女子部員なのか、それとも未練を断つ事が出来ない自分自身なのだろうか。
ところが樟葉さんは諦めるどころか、得意気な微笑を口元に浮かべて胸を張ったんだ。
「そういう時こそ創意工夫ですよ、枚方先輩。私なりに心当たりがあるんで打診してみますよ。上手くすれば、戦闘員数人と大幹部は衣装込みで確保出来るかも知れません。この私なりに、一肌脱いでみせますよ!」
彼女が最後の一言を殊更に強調していた理由を僕が知るのは、もう少し後になってからだったんだ。
堺市西区から高石市にかけて広がる浜寺公園は、松や桜を始めとする木々が程良く生い茂っていて趣深いし、広い遊歩道も設けられているので殺陣を演じるにも申し分ない。
特撮ヒーローのアクションシーンを撮影するには悪くないロケーションだ。
「改めて紹介致しますね、枚方先輩。こちらは畿内大学サバゲー同好会の皆さんです。部員の一人が基礎ゼミの友達なので、その伝手が使えましたよ。」
「映研の皆さん、今日はよろしくお願いします。映画へのエキストラ出演は今回が初めてですが、よろしければまたお誘い頂けたら幸いです。」
ガスマスクと迷彩服を装備した厳つい外見とは裏腹に、樟葉君の友達だという女子学生は気さくな口調と軽やかな会釈で僕達に好意を示してくれた。
蒸れるのを嫌ってか清潔な茶髪のショートカットは露わになっていたけれど、これも撮影時にはベレー帽で覆い隠されるんだろうな。
「新入部員獲得の為に告知をしたいのは、サバゲー同好会の皆さんも同じですからね。学内上映会で告知出来ると説明したら、敵戦闘員役のエキストラを喜んで引き受けてくれましたよ。EDのスタッフロールでは、皆さんの事をしっかりアピールしてあげて下さいね。」
「それは勿論だよ、樟葉さん。しかし君は、その衣装で本当に良いのかい?」
屈託なく笑う女子部員の出で立ちは、正直に言って目の遣り場に困る物だった。
光沢を帯びた赤いマントの下は、黒いビキニとベルトの装飾という極めて露出度の高い装いなのだから。
ところが樟葉さんに、恥じらう素振りはまるで無かったんだ。
「当たり前じゃないですか、枚方先輩!今回の映画における私の役どころは、終末結社ゴドゾムのアマゾンヌ将軍なんですからね。悪の女幹部を演じる以上、中途半端だと却って余計に恥ずかしいんですよ。それに衣装だって、お古の水着と有り物のマントだからコスパも悪くないんですよ。」
それどころか、己の始末の良さと覚悟の決め具合を誇っているかのような節さえあったんだ。
「この園樟葉、『私なりに一肌脱ぐ』の言葉に嘘偽りは御座いません。一生一度の人生、どうせなら思い切りよくいきましょうよ。」
「く、樟葉さん…」
悪の女性幹部に扮した女子部員に軽く肩を叩かれながら、僕は改めて映画撮影に臨む心構えを整えたんだ。
沢山の人が携わる映画撮影、生半可に考えていては話にならないからね。
ガスマスクと迷彩服で集まってくれたサバゲー同好会の面々の為にも、そして大胆な衣装を着込んでくれた樟葉さんの為にも、気合いを入れていかないと!