4話 理由の魔法使い
「さぁ行くわよワトソン君。 私について来給え!」
「ウェイトウェイトウェイト」
人が行き交う通りの中で、明らかに周囲から浮いた衣服を着た男女がいた。
1人は有名な名探偵のイメージの強い服装を着た美少女。
もう1人は似合わない付け髭を着用してサングラスを付けさせられている。
「なによワトソン君。 君は今、私の助手なのよ? つまり私のいう事には絶対服従。 オーケー?」
「オーケーな訳あるか! 絶対服従の助手なんて聞いたことねぇわ! 横暴にもほどがあるだろ!!」
梅雨の時季のせいで湿気の熱さに耐え切れずに付け髭とサングラスを取る藤の顔はすでに汗だくとなっていた。
「もぉーノリが悪いな~。 君が素顔のまま言ったらバレる心配があるとかいうから、わざわざ用意してきたのに」
「こんな格好余計目立つわ! ・・・というか何処で買って来たんだよこんな服」
「ド〇キ」
「・・ほんと、なんでもあるなあの店」
ありとあらゆる物の品揃えがいい有名店を思い浮かべながら葵と藤はターゲットの人物を遠い目で見守っていた。
「それで、本当に大丈夫だと思うか? 街並さんは」
「ん~今の所、魔法は順調だから大丈夫だと思うけど・・・」
チラッと腕時計を確認すると時刻はもう少しで18時を回ろうとしていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「ほ、本当に・・私の顔をに、人間の顔に・・?」
街並の依頼を受けた翌日、さっそく部室に呼びつけて要望通りゴブリン人である街並の姿を人間へと変化させる事を話した。
「えぇ。 でもこれは悪魔でも一時的な魔法よ。 永遠に人間に成れるわけじゃない。 それでもいい?」
「は、はい! だ、大丈夫です! 少しの、時間があれ、ば!」
「少しだけでいいのか? 何か理由でもあるのかい?」
藤の質問に動揺を見せる街並は、鞄の中からある物を取り出した。。
「こ、これを・・か、返したいだけ、なんです!」
「・・タオル?」
彼女が取り出したのは花柄の刺繍が入った一枚のタオルだ。
「あ、あの・・・ミ、ミゲル先輩を、御存じ・・ですか?」
「ミゲル? ミゲルってあのエルフの?」
「? だれ?」
「・・・はぁ、お前はもう少し学校内の事情を把握する努力をした方がいいぞ」
ミゲル・オリビア。
双葉高校に通う3年生のエルフ人で、有名な一条と1位と2位を争っていると言われるイケメンだ。
なびやかに輝く金髪の髪に、透き通る蒼い瞳は男女問わずの魅力を引き出している。
「ふ~ん。 でもどうしてそのミニムのタオルを街並ちゃんが持ってるの?」
「ミゲルな。 でも確かに。 確かあの人、かなり人種差別が激しくて有名だったと思うけど」
エルフ人は亜人と呼ばれる種族の中でもかなりのプライドの高い種族として有名であり、その特徴は神話記にも綴られているほどだ。
そんなエルフ人であるミゲルはエルフの中でも人種差別意識が高い人物である為、魔族であるゴブリン人の街並とどのような関わりがあるのかまったく想像がつかなかった。
「こ、これはその・・私、ゴブリン人だからク、クラスの中でも浮いてて・・」
魔族と呼ばれる種族が人間社会に混ざって学校に通う事は現代社会においては珍しくない。
しかし
高校に上がる頃にはほとんど魔族は故郷であるダンジョンに戻り神話時代から続いている職業に就く者が多数である。
それでも人間社会で生きていきたい者やダンジョンでの仕事以外に就きたい魔族は街並のように高校に進学してくる。
それでも大多数は人間と亜人で占めている為、周囲に溶け込めない者も少なくはない。
「よっし分かった。 私が変わりに懲らしめてくるわ」
「まてまてまてまて。 一体何が分かったんだ」
「え? だからそのミゲロが街並ちゃんを除け者扱いしてるって事でしょ? まかせて。 これでも呪いの魔法はいくつか習得してるから」
「とりあえずその手に持つ藁人形は置こうか。 あと、名前はミゲルな?」
今にも呪いそうな葵を引き留め、街並の話を聞き続ける。
「あのミ、ミゲル先輩は・・う、噂に聞くような、人では・・ない、です」
「ん? そうなのかい?」
「は、はい。 あの人は、ゴブリン人である私に、優しく、してくれ、ました」
「街並ちゃん・・貴女、ホストにお金を貢ぐ才能があるかもしれないわ」
「失礼な事いうな」
「あうちッ!」
真剣な表情でとんでもない事を言い放つ葵にデコピンを当てて話を元に戻す。
「その、先月くらいの話なんですが・・・」
街並はクラスで浮いてはいるが決していじめられているわけではなかった。
ただ周囲のクラスメイトもクラスで唯一の魔族である街並とどうやって距離感を詰めたらいいのか分からず、あまり声をかける事が出来ていないらしい。
そんな先月のとある放課後。
掃除当番を終えた街並が校舎裏にあるゴミ置き場へとゴミを捨てに行った時の事だった。
バカな生徒が面倒臭がって校舎窓からバケツの水を捨てたと言うのだ。
そこにたまたまゴミ捨てに通りかかった街並に直撃してずぶ濡れになったのだと言う。
拭く物もなく、とりあえずゴミを捨てて体操着のある教室へと戻ろうと考えていた時、ミゲルに出会った。
『うわ、汚い。 何故そんなカビ臭いのだ貴様。 これだから不潔な種族は』
ずぶ濡れになった街並を一目見て出たミゲルの言葉だった。
「よし、やっぱり殺そうソイツ」
「まて早まるな。 とりあえずステイ」
今度は首がもげた呪いの人形を何処からか取り出した葵だが、藤は軽く引き留めるだけで街並の話を聞き続ける。
『・・・ふむ、なるほど。 そういう事か』
ミゲルは少し周囲の見渡すと、まだ自分達が放り投げたバケツの水が街並に直撃した事を知らない生徒が窓側で話し込んでいた。
『おい貴様等ッ!?』
『!?』
急に怒鳴りだしたミゲルに驚き思わず身体を飛び跳ねた街並は怯えた様子でミゲルを見上げる。
『掃除で扱った汚水をそんな所から捨てる出ないわカス共ッ!! これだから下等種族は。 周囲の安全も配慮できんのかッ!!』
ミゲルの圧倒される怒鳴りに上階にいた生徒達も思わずその場で頭を下げて逃げる様に何処かへ行ってしまった。
『チッ。 おいそこのゴブリン女』
『は、はい!』
当時、ミゲルの噂はもちろん街並も耳にしていた。
種族差別の強いエルフ人。
それは魔族でありゴブリン人である自分も例外ではない。
一体何を言われるのかと怯え構えていた・・・が、街並に与えられたのは一枚のタオルだった。
『へ? あ、あの・・これ・・』
『ふん。 せいぜい我がここを通った事に感謝するのだなゴブリン女。 丁度使い古くなったタオルを捨てようと思っていたのだ。 貴様にやる』
そうして街並がお礼を言うタイミングも無く、ミゲルはその場を後にしたのだと。
「だから、そのミ、ミゲル先輩は優しくて・・その、私・・お、お礼を言いたくて! だから!」
街並はバッと立ち上がり葵と藤に向けて深々と頭を下げる。
「ど、どうかお願い、します! 私を、人間の顔にして、ください!!」
因みに街並が人間の顔になりたい理由は、ミゲルは種族差別はあれど人間に対してだけはそれほど差別意識が少ないという情報を入手したからだった。
◇ ◆ ◇ ◆
それから人間に成れる魔法を発動して今に当たる。
因みに今日は金曜日の放課後。
場所はJR駅近くにあるキューズモールのス〇バに街並はいる。
ミゲルは毎週金曜日の放課後にここでコーヒーを買って本を読むのが習慣だと葵の友人に聞いたからだ。
そして、葵と藤は街並を見守る為、一階上にある通りの壁に隠れていた。
「見なさい転入生くん。 街並ちゃんのあの顔。 あれは完全にお礼を言うだけの顔じゃないわ」
「まぁ、街並さんも人の子だ。 イケメンに優しくされたら惚れてしまっても仕方ないさ」
「くぅ~可愛いッ! 今すぐにでも抱きしめに行ってあげたい! そしてそんな街並ちゃんをもてあそぶミシェロをぶっ飛ばしてやりたいわ」
「だからミゲルだ・・・っておい! あれ!」
殺気を漏らしそうになる葵を宥めていると、遠くからでも分かる異質な輝きを放出している男を見つける。
学校の制服だというのに、まるでスーツのような着こなしで歩くミゲルは通り過ぎる老若男女の視線を釘付けにしていた。
「目立ってるわね」
「目立ってるな」
「・・・・・・・でも私もあれくらい見られるわよ?」
「ハイハイソウダネ~」
冗談気味に反応を返すが、確かに葵であれば周囲の視線を釘付けに出来る魅力がある為、可能ではあるが、ここで返事を肯定してしまうと再度調子に乗るので敢えてスルーした。