3話 契約の魔法使い
季節は梅雨の真っ最中。
今日も3日間続く雨が降る中、湿気で湿ってる魔法研究会の教室は珍しくも賑やかだった。
「あらあらあらあらあら! そんな緊張しないでね? あ、飲み物は何が良いかしら? お茶かしら? それともコーラ? それとも私特性のハーブティーはいかが!!」
「えっと・・・はぁ」
賑やかなのは約2か月ぶりに魔法研究会に訪れた生徒にはしゃいでいる葵が1人でテンションを上げているせいであった。
「はぁ、ごめんな街並さん。 この珍獣の事は気にしなくていいから」
「ちょっと待って? 誰が珍獣だとあぁん?!」
「ほれ、ドーナツやるから大人しくしてような?」
「わんッ!」
藤に差し出されたドーナツを光の速度で取り上げて幸せそうな表情で食べる葵。
その姿にソファに座る女性生徒は呆けた様子で眺めていた。
彼女の名前は街並綾香。
この双葉高校に通う藤達の一学年下の後輩である。
「さて、それでは改めて。 魔法研究会にようこそ」
「あ、はい・・・どうも」
「ここに来たという事は俺達に何か相談したい事があると思うんだけど。 今日はどんな話があってきてくれたのかな?」
「その・・えっと・・わ、わたし・・・・」
どうやら他人と話す事になれていないのか、街並は藤と視線を合わせる事が出来ず視線を左右に動かしながら口を濁す。
それでも伝えたい事があるらしく、慣れない口調で喋ろうと努力していた。
「わ、私の・・・」
「うん。 ゆっくりでいいから。 俺であれば君の悩みを聞く事はできるよ。 実行するのは隣の猛獣だけど」
「ワン?」
「低い声で威嚇するのやめてくれない?」
本当に噛みつかれそうな雰囲気と距離に一瞬恐怖を感じた藤だったが、今にも話を切りだそうとする街並を待つ為に笑顔を貫いて待った。
「私・・私の・・・顔を、人間にしてくれませんか!」
◇ ◆ ◇ ◆
「人間の顔にしてくれ・・か」
街並の悩みを聞き終えた2人は教室に残り、街並の悩みの件をどうするかは後日にまた連絡するからとスマホの連絡先を交換して解散となった。
「それで? 何か良い魔法があるのか? 神宮寺」
街並が教室を後にしてから部長席に座りテーブルの上に積み重なった本を読む葵に藤は問いかける。
「そうね~。 一時的に人の顔を幻想で別人に見せる魔法はあるけれど、彼女の悩みは完全に自分の顔とは違う形状のした顔立ちにしたいというものだからね~。 どうしたものかな~」
街並の姿や顔立ちは藤達とは少し違う骨格をしていた。
緑な肌色に大きな目と口、整えられてはいるが長い手に爪は人間の一回りも大きい形状をしている。
彼女はゴブリン人。
人間の言う外国人と同じ括りであり、ダンジョンと呼ばれる迷宮区出身の魔族である。
「う~むむむ。 大昔の魔術であれば他人の皮膚を媒体に存在自体を成り代わるのはあるのだけれど、これは流石に人道的にアウトだしな~」
「当たり前だ。 そんなバイオレンスな事出来るわけないだろ」
「だよね~。 ・・・転入生くんは何か良いアイデアはない?」
「うん? ん~あまりにザックリとした事なら思いつくけど」
「なになに! どんな事?!」
葵は目を輝かしながら勢いよく椅子から立ち上がり考え込む藤の顔を至近距離まで近づく。
「街並さんは自分の顔を変えてくれじゃなくて、人間の顔にしてくれという頼みだったろ?」
「そうね。 でも街並さんはあくまでも魔族系ゴブリン人だし。 骨格まで変化させてしまうとなるともう整形する話になっちゃうし」
「いやいや。 だから他人みたいな顔にしなくてもいいんじゃないか?」
「え? どういう意味?」
「つまり街並さんの顔はそのままで人間にしてしまえばいいんじゃないか?」
「だからそれじゃあ整形手術でも受けないと・・いけ・・な・・・・・あ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「これが、わたし・・ですか」
翌日の放課後。
藤にスマホで呼び出され魔法研究会に訪れた街並は神宮寺の魔法により人間の姿に変化していた。
どこからどう見ても人間の生徒としか見えない彼女は用意された鏡を凝視して自分の顔に触れる。
そこにはゴブリン人に特徴的な緑の肌も大きな目と口、そして大きな手も爪もない。
健康的な人間の肌色に整った顔、少女らしい手と爪を持った人間の女の子。
「どうかしらシンデレラ。 これで貴女も城の舞踏会に参加出来るわよ!」
「なにしてんのお前」
「え? 見て分かんない?」
「わからん」
葵は背を丸くしてフードを被り、手には小さな棒を持っている。
「シンデレラに登場する魔法使い」
「それは分かる。 俺が聞きたいのはなんでそんな恰好してるのかという質問だ」
「え~・・・ノリ?」
首を傾げて「てへっ」とぶりっ子をする葵。
その仕草は数万人の男性を落とす可愛さを引き出していた・・が、藤はまるでゴミを見るような眼で見ながら舌打ちをした。
「え、まって。 その表情は傷つく。 え? 私の渾身のぶりっ子よ? もっと喜んでくれてもよくない?」
「安心しろ。 お前の事は確かに可愛いと思う」
「え! ホントに!!」
「でも男がそれで喜ぶと理解して行動した事を心の底から軽蔑してる」
「わ――――ん! 転入生くんの頭でっかちー! だから彼女の1人もできないんだよー!」
「やかましいわ!!」
そんな2人の漫才をしていると、鏡の前で肩を震わせながら涙を流す街並に気付く。
「あり・・ありがとう・・・ございます・・ッ。 これ・・これで私・・・ッ!!」
「街並さん・・・」
彼女の肩をソッと抱き寄せる葵は、街並が落ち着くまで頭を撫で続けた。
そして藤が用意したハーブティー(最初は葵が用意しようとしたが藤が断固として拒否した)を飲み終えると深く2人に頭を下げて部室をあとにした。
「ふぅ。 これで何とか依頼達成ね」
「お疲れさん」
「えぇえぇ! もっと労い褒め称えてもいいわよ! なんたって私は魔法使いなんだから!」
「へーへー。 しかし、あれでよかったのかね~」
空いたカップを片付ける藤の言葉に葵は小さく息を吐く。
「仕方ないわよ。 彼女はあくまでも人間じゃなくてゴブリン人。 種族の差は例え科学の力でも簡単に変われるものじゃないわ」
「そうだな・・だからこその時間制限なわけか」
「えぇ・・」
街並にかけた魔法は一時的にゴブリンから人間の姿に変化させる魔法だった。
他人の姿に変化させるのではなく、街並の魔力性質を魔族から人間の魔力性質に変える事で一時的に街並が人間の姿に変化させる事が出来る。
しかし
これは永遠に続くものではない。
シンデレラのドレスの魔法が一夜の夢で終わるように。
ゴブリン人だという真実を魔法と言えど永遠に曲げる事はできない。
だからこそ時間制限という魔法の規則を取り繕う事で成立させる事が出来た。
「人間に成れる時間は2時間。 その間に彼女はどうしても叶えたいという事を終わらせないといけない」
それが、街並と神宮寺葵が交わした契約だった。