1話 遅刻の魔法使い
「ヤバイッ?! 遅刻するぅぅううううっ!!」
食パンを咥えて慌てている少女がそこにいた。
まるで初期の漫画に登場するヒロインのように。
整った綺麗な顔立ち。
凹凸のハッキリしたスタイル。
数多な芸能事務所の社員がいれば、全員が彼女を求めて争いが生まれるだろう。
それほどの美貌、魅力を持つ彼女は今、学校に急いでいた。
「先生が教室に入るは8時30分・・・。 つまり私が学校にはいり教室へ向かうまでの距離を逆算すると・・あと3分で到着しなくちゃいけない!」
因みに、少女が家に出て学校までの距離は約20分はかかる距離である。
そして彼女が家を出たのはつい5分前。
完全に遅刻確定である。
「ふっふっふっ! ふざけないでよね。 私を誰だと思ってるのよ!」
少女がパチンッと指を鳴らすと右手から突然と箒が出現した。
「私は神宮寺葵! 世界で最も優れた魔法使いになる女よッ!」
放り投げた箒は地面に落ちることなく空中で浮くと、葵は箒に飛び乗る。
「無遅刻無欠席の皆勤賞を逃してたまるかァァッ!!」
すると葵を乗せた箒は空中で浮遊したまま、地面スレスレで飛び走った。
横に通る車を追い抜くスピードで走りぬく箒に乗った少女。
その目の辺りは周囲の人々の視線を集めるのは必然だ。
「あら~葵ちゃんおはよう! 今日もお寝坊?」
「おはようございます! はい! 少し寝坊しました!!」
「こらーッ! また君かァ!!」
「すみませーんお巡りさん! 見逃してッ!!」
・・必然ではあるが、非日常ではないらしい。
(この角を曲がれば、あとはそのまま真っ直ぐ行けば学校!)
箒を地面ギリギリにまで斜めに倒して急カーブに備える。
その瞬間、向こう側の角から男性の姿が視界にはいる。
「おや? 君は・・」
男性は葵の通う高校で有名な生徒だった。
俳優、モデル、声優の芸能活動を行っており、生まれは日本最大財閥の1つ。
一条家と呼ばれる家系のイケメン御曹司だ。
その姿を見た女性は誰もが彼の魅力に溺れてしまうという。
「やぁ、神宮寺さん。 今日も相変わらず綺れ―――」
「邪魔だァァァァァッ?!?!」
「ブボォッ?!」
食パンを咥えた少女がヒロインと言えば、イケメンと道の角にぶつかり運命の出会いを果たすのが定番だと思うのだが、葵はそんなフラグなどお構いなしにイケメン御曹司の顔を蹴り吹き飛ばした。
(あと30秒!!)
競輪のように視線を前に低く倒して箒のスピードを上げる。
箒の速度はその時点で公共電車と同じスピードに達していた。
(残り25秒!!!)
学校の門が視認出来た距離にまで辿り付いたが、門はすでに教師が閉めようとしている段階だった。
「チッ! こうなったら・・・」
残り20秒。
しかしこのままでは箒のスピードでも間に合わない距離。
そこで葵は右手を上げて小さく呟く。
「 【STOP】 」
門を完全に閉めようとしていた教師がピタリと動きを止めた。
「あ、あれ?」
「? どうしました?」
「いや・・・門が急に動かなくて」
「門が? ・・まさかッ?!」
1人の教師が異変に気付くと、道の先から箒に乗った葵の姿を視認する。
「じ、神宮寺ッ!? 止まれぇッ! 止まらんか神宮寺ィッ!!」
両手を大きく振り、葵を止めようとする教師だが葵は止まる様子も見せず小さく微笑む。
「ごめんねゴブ
セン。 皆勤賞が私を待ってるの!!」
チャイムまで残り10秒。
残りの食パンを食べきった所で葵は門をくぐり抜ける事に成功。
しかし、教室の出席確認までに席に付かなければ遅刻扱いになる。
今から箒に降りて上履きに履き替え、5階の教室までには更に最低でも1分は必要。
「それなら、これでどうだァァあああッ!!」
葵は箒の先端を一気に反り上げて学校の壁を昇る。
「ぐににににぃッ~~~~着いたッ!!」
急激にかかる重力の負荷に耐え、葵は教室の窓に到着。
この時点で、チャイムまで残り5秒。
・・が、ここで問題発生。
「あぁぁぁあああッ!! 窓に鍵がッ!!」
突然に窓からクラスメイトが飛んできた事で、教室内はどよめいていた。
そんな中、窓に鍵がかかっている事に絶望した葵と窓際の席に座る男子生徒と目があった。
「開けてッ!!」
「・・・・・」
「あれッ?! スルーッ!!」
・・が、男子生徒はまるで最初っから葵がいないかのように無視した。
他の生徒は突然のクラスメイト出現に困惑しているようで窓を開けてくれる様子はない。
「グヌヌヌ~~ッ! こ、こうなったらッ!!」
葵は再び右手を窓に添えて、小さく呟く。
「 【スリップ】 」
トプンッと水面に物が落ちる音が聞こえた。
その瞬間、葵の身体は窓をすり抜け教室の中へとすり抜けて入った。
この時、チャイムまで残り0秒。
「はーいみんな席につきなさーい・・・って何してんの神宮寺さん」
チャイムと同時に教室から入って来た女性担任が怪訝な目で、先ほど無視した男子生徒の膝上に乗っている葵を見る。
「え、えへへへ~。 先生~おはようございま~す」
「・・・はぁ」
大きく溜息を吐く男子生徒の頬をつねる。
この数分後に校内放送で門の前に立っていた教師からの呼び出しにより、葵は説教をされてしまうのだった。