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第九譚

 僕こと天の両親は普通の人間ではない。父親が狐のあやかしである天狐。母親が安倍晴明の子孫である土御門家の出である。つまり天は半妖である。その上、霊力も申し分のないほどに大きい。その霊力を欲する者に狙われるのは当然である。だが、今回の件はそう簡単に話が終わらない。

 半妖である天が誕生したのは偶然ではなく必然であった。その理由は氷雨にある。氷雨も人間ではない。狐のあやかしなのだ。天狐ではなく九尾の狐。尻尾の数だけ命があるあやかしだ。よって九個の命を保持している。加えて、九つの姿も持ち合わせており、その姿を使い分けていた。今の氷雨は三つ目の魂なのだそうだ。補足すると、魂は消えても姿は残る。未だに九つの姿に化けることができるそうだ。

 一つ目の魂の氷雨は人としてその時代を生きてきた。その当時の宮廷に仕える身として彼の右に出る者はいないほど有名な人物。かの有名な陰陽師の安倍晴明、本人であった。そして彼には愛する者がいた。それが天の前世だ。名を時雨という。彼女は人間であったが、晴明の愛を夫婦として一身に受けていた。時雨はたいそう綺麗だったようで、身を固めるまで数多の誘いを受けていたそうだ。

 二人は愛し合い、幸せな日々を過ごしていたという。

 だが、そんな日々も長くは続かなかった。ある人物の介入によってその平穏は崩された。

 それが今回の最も重要人物で、氷雨が二つの命を懸けて徹底的に排除しようとした相手である。その人物は緑陰という九尾の狐であり、同郷のよしみで晴明の元を訪れた。緑陰は一瞬で時雨に心惹かれた。しかし何度文を送れども、時雨は晴明を愛していたため相手にしなかった。そんな時雨にとうとう緑陰は恋心を拗らせ、清明が留守の日を狙って、時雨を手に入れようとした、その歪んだ愛で。つまりは時雨を殺すことで、自分のものにしようとしたのだ。晴明も異変にいち早く気づき駆け付けたが、一足遅かった。彼の式神たちも破壊され、後に残っていたのは愛する者の亡骸と緑陰の姿だけであった。

 晴明は激高した。しかし、緑陰も晴明と同様にあやかしとしての力が強いため、そう簡単に殺せない。その上、同じ九尾の狐という特異性を持っている。だから、緑陰をその場に拘束する術しか使えず、真っ先に時雨の元に向かった。その冷たくなり、見るも無残な彼女を力なく抱きかかえることしかできない。自分がそばにいなかったからと自責の念に駆られた。慟哭するしかなかった。

 そんな時、晴明の脳内にあることが浮かぶ。


 時雨と来世でやり直す。


 そのために晴明は一生に一度しか使えないであろう大掛かりな陰陽術を使った。時雨の魂が流転の輪に入る前に。

 その術を行使したから、今の天がここにいる。

 氷雨はずっと探してきた。絶対に晴明の血筋にいるはずなのにずっと見つからなかった。何故なら、天の母親は災害で死んだように見せかけて父親の元に嫁いだからだ。陰陽師の家系があやかしと共に生きる選択をするなど到底許されないことだったから。死んだはずの人間であり、隠居するように人目のないところで暮らしていたから、氷雨も感知できず捜索をしなかった。そして最近になって、縁から天狐に嫁いだ娘の話を聞いて、藁にも縋る思いで声をかけたのだそうだ。

 氷雨が転生しても狐のあやかしでいることを選んだのは、あやかしという不老長寿の存在であれば転生した時雨を見落とす可能性が少なくなるから。

 そして、一つ目と二つ目の魂は緑陰を葬るために使いきったそうだ。その二つの魂で緑陰の魂の八つ分を葬り去ってきた。だが、一つの命を残したために脅威が残ってしまったようで、氷雨は負い目を感じているのだとも。

 それらすべてを話し終えると後悔からか氷雨は顔を歪める。


「僕は君を愛するあまり、君を縛り続けていたんだ。自分のことしか考えていなかったんだ」

「ううん、氷雨。僕はその話が聞けて良かった。氷雨は本当に僕が好きなんだなって改めて気付けたから。でも、なんで僕がその時雨であることに気づいたんだ?」

「見た目が変わらなかったから、一瞬でわかったよ。とても綺麗だった。あとは霊力が時雨の時と変わっていなかった。霊力はその大きさも性質も一人ひとり違う。だから、それが同じだってわかって、時雨と会えたんだって思って。とにかく繋ぎ留めておきたかったんだ」


 あの時はかなり突飛なことを言っていたけど、自覚があったんだ。本当にそんなことを言われると思ってなくて焦ったけれど、氷雨も同じ心境だったなんて。意外と不器用なんだな。


「それでもいい。僕は氷雨と出会ってたくさんの感情を知ることができた。一番大きかったのは人を愛する気持ちを教えてくれたこと。氷雨には感謝してもしきれないよ」


 氷雨には心のままに笑っていてほしくて安心させたくて、僕はそこで一度言葉を区切ると、再度氷雨の目をしっかり見つめて一番伝えたい言葉を綴る。


「愛してるよ、氷雨」


 愛の言葉を。


「僕も愛してる。ごめん。守れなくて、隣にいられなくて……」


 安心して涙を流す氷雨の顔を両手で優しく包み込む。


「ねえ、氷雨。僕は時雨じゃないから、負い目を感じる必要ないんだよ。氷雨ももう晴明じゃないんだ。過去にとらわれないで。晴明は時雨を愛していた。それなら、氷雨は僕を愛して。ちゃんと天として見て。これはこれからを共に生きる僕からのお願い」


 氷雨は過去にとらわれている。僕が時雨の立場なら、自分のために動いてくれただけで十分すぎると思う。氷雨のせいで死んだなんて思わないし、ましてやそのために命を散らしてほしいとも思わない。

 だから、それが僕の答えだ。


「うん、わかった。……確かに僕は過去に縛られていたかもしれない。時雨と天を重ねていたかもしれない。でも、僕が好きなのは天だから、それだけは覚えていてほしい。天と出会うことができて僕は幸せ者だよ」


 幸せに満ちた笑みを見せてくれた。氷雨の笑みは今まで見たどの表情よりも美しかった


内容確認のため次回から不定期更新になります。

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