第一譚
初めまして。去年書いていた小説が一定文字数たまったのであげさせていただきます。
私は御門天。
十五になるまでほとんど一人で生きてきて、今更、人生が変わるなんてこの時は思いもしなかった。
事の発端は今まで私のことなんて気にも留めていなかった父からの一言だった。
「お前には恩人の元で奉仕してもらう」
桜の咲き始めたある陽気な春の日。いつものように過ごしていた時だった。
そんな父がいきなり私の過ごす離れの襖を開け放ち、かけた第一声がこれだ。
驚きで二の句が継げないでいる私を置き去りにして、そのまま詳しい説明もなしにただ一言、準備しろ、というと母の待つ屋敷に戻っていった。
父は母が大好きだ。それも自身の子にその愛情を分けないほどに。そして、母と二人きりで暮らすために幼かった私を離れに一人で住まわせるほどに。
母は父を愛している。私のことも愛してくれてはいるが、その愛は父へのものには及ばない。時たま私のいる離れを父が仕事でいない時に訪れては話をするくらいだ。私のことを気にかけていることは理解できるが、それでも父への思いには敵わない。
幼少期は何不自由なく過ごすことはできていた。自身の世話が一人でできるまではお手伝いを付けていてくれたが、成長すると一人で過ごすことを余儀なくされた。月々の生活費は過分なほどもらっていたし、外出も可能であったから好き勝手に暮らすことはできていた。初めから一人であったから、寂しさなどとは無縁であったが、それでも話す者がいないというのは暇であった。
そんないつもの退屈さから今日は何をするか考えあぐねていたときに父はやってきた。
言葉の真意はわからないが、如何せん他者との関わりの薄いことに加え、親子というものには縁遠い私は、こういう時にどのような反応をすればよいかわからない。だから今はただ言われた通りに少ない自分の荷物をまとめることにした。
荷物をまとめ終わると自分のいる部屋の襖越しに声がかけられる。声から判別するに、そこにいるのはこの家の使用人である錦だ。父に仕えているのは全部で四人。その中でも一番若く、私と年頃も変わらない。よく私の様子を見に来ていた、特徴的な麗しい青みがかった灰色の長髪が美しい少年である。片目を髪で隠していて、反対側の眼には片眼鏡をかけているその姿は大人っぽく、自分と同年代だとは思えない。
「天様、準備が整い次第、ご案内をするようにと旦那様から仰せつかっておりますので、よろしければ行きましょう」
「はい」
錦は私の返事を聞くと部屋の隅にまとめてある荷物を手に取った。そして、同い年とは思えない美しい所作で私を案内する。
父が借りるよう言った馬車に乗り、山奥にある自邸から人の多い街の方に向かっていく。
「旦那様から詳しく話すよう言われましたので、ご説明させていただきます。天様は本日付で旦那様の恩人である縁様の元にご奉仕に出ていただきます」
「よすが様とはどなたでしょう」
「至極真っ当な疑問ですね。私も込み入った事情までは聴いていないのでわからないのですが、ここでは旦那様の恩人であることを知っていれば問題ないかと」
説明が説明になっていないが、ここで錦に反論しても仕方がないので次を促す。
「温情に厚い旦那様はそのご恩を返そうとしていたのですが、何十年経とうと返せずにいたのです。そのような時に縁様が旦那様にご子息がおられることをお知りになり、天様を直々にご指名なさったそうなのです。旦那様はこれを快諾。晴れて旦那様は恩に報いることができ、天様には感謝していることと思います」
要は父の私情のために奉仕に出さされたわけだ。だからといって父に何かを思うこともない。唯一浮かんだのは暇な日常とおさらばできるという楽観的な感情だけだった。