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惚れたら負け1

 元々食事は好きではないが、今日の俺の食事の動きはいつもより鈍い。

 帰宅前に食堂で安く早く夕食を済ませる。なのにもう半刻くらい食堂にいる気がする。

 今日はぼんやりしているし、ソワソワしている。おまけに鍛錬を放り投げて定時に上がってしまった。

 とっとと帰ろうと思ったのは、1日中、部下達の冷ややかな視線が痛かったのもあるし、コーラリアム酒場へ行こうと思ってしまったからだ。

 行って良いのか判断出来ないから、食堂の椅子に根っこを生やしたのだろう。

 

『俺の、ですか? 嬉しい……』


 昨日のクリスティーナの上目遣い、はにかみ笑いが蘇る。昨日の夕方から今の時間までで、もう何回目だ?

 窓から落ちた後の物憂げな表情と、再会した時の接客態度の違いに面食らい、おそらく一目惚れ。

 いや、手を握られた後の可憐で素敵な笑顔に胸を打たれたから、二目惚れか?

 日々を生きること、成り上がること、金を貯めることにしか興味関心が無かったので、この急な変化や知らない感情に戸惑っている。


(落ち着け俺。昨日の今日で会いに来ましたは、おかしいよな。いやでも嬉しいってことは、つまり、彼女は俺の……)


「エクイテス」


 オルトの声に体がビクリと竦む。振り返るのを躊躇う。しかし、チャンスでもある。

 戦後療養を終えて、着任してまだ約2ヶ月。

 元々は王都出身だけど、長らく離れていた。その間にオルト以外の友人は行方不明。裏路地生活から抜け出したのか、くたばったのか、深く考えないようにしている。

 今の俺に、オルト以外に相談出来る相手はいない。


「いやあ、風の噂で聞いたぜ。可愛い恋人が出来たって。1日でやるじゃん。まあ、向こうもその気っぽかったしな」


 隣に座ったオルトに顔を覗き込まれる。案の定、オルトは愉快そうにニヤついていた。


「可愛いは合っている。恋人ではない。その気って、そう思うか?」


 俺は嫌いな鶏肉の刺さったフォークを皿の上に置いた。生きるために何でも食べるし残すつもりはないが、今日は朝からどうにも食が進まない。

 胸が苦しいというか、変な感じなのだ。食事が苦痛だからではなく、別の理由で食べられない。

 オルトが目を丸めた。


「えっ、何、その憂鬱そうな顔。しくじったのか?」

「うっかりアホなことを口走って……そうしたら……」


『俺の、ですか? 嬉しい……』


 再び可憐なはにかみ笑いが蘇った。顔が熱い。俺はしどろもどろ、昨日のことをオルトに伝えた。


「それなら恋人面すればいいだろ。気になるならビシッと伝えれば? 好きです。恋人になって欲しいです。結婚を前提……」

「け、結婚⁈」


 叫んだらむせた。食堂内の騎士達の視線が集まった。気まずい。


(そうだ。恋人になってもらうなら、ゆくゆくは結婚だ。この俺が人並みに結婚? あのクリスティーナさんと?)


 家に帰ると「お帰りなさい」と言ってくれる相手がいる。憧れたこともあるが、いつも想像の相手は架空の親だった。

 

(クリスティーナさんが、お帰りなさいって……)


 結婚となったら、あのめちゃくちゃ愛らしい笑顔で出迎えてもらえる。


(手料理もあるのか? それは食べたいな。彼女と一緒だと、食事が苦じゃなかった)


 エプロン姿で働くクリスティーナの姿で「お帰りなさい、エクイテスさん」を想像するのは容易かった。


(何それ。ヤバい。昼はまさか弁当か?)


 妻子持ちのオルセンはいつも弁当を持参している。


「おーい、エクイテス。しっかりしろ」

「へっ?」

「まあ競争率高いし、乗り換えられたりしてな。出稼ぎ酒場娘だろう? デレデレした客が多かったから選び放題。金持ち探しかね。なんかこうお前にもグイグイしてたし」

「金? 金があれば俺は彼女と結婚出来るのか?」

「はあ?」


 オルトが眉間に皺を作った。


「貢ぐなよ。もちろん金を貸すのもNG。いいな、エクイテス。とんでもない女かどうか、良い女なのか、お前では見極められなさそうなので、俺が調べてやる」

「しなくて良い。別に金目当てでも、結婚してくれて、お帰りなさいって言ってくれるなら、それで良いだろ」


 オルトに胸ぐら掴まれて、前後に揺らされた。


「おいおい、下手したら金だけ取られて何もさせてもらえず、さようならコースになるぞって言ってるんだ。まさか、もう金を貸したのか?」


 俺はオルトの手を払い除けた。


「貸してない」

「貸すなよ」

「……もしも」

「貸すな」


 バシンと背中を叩かれた。


「店の残飯があるから、金がなくて食べられないはあり得ない。家族が病気でと言われたら、医者を連れてついていけ。その他どんな理由でも貸すな。お前、そもそも守銭奴だろう」

「使い道がないだけだ」

「女を買うのは嫌、酒もそんなに好きじゃない、服飾に興味なくて、家もオンボロだもんな。っていうか、あの汚くて寒いボロアパートからいつ引っ越すんだ?」

「あんま帰ってない。仮眠室があるし。ほとんど帰らないから安ければ良い」

「で、そうやって貯めた金を、何もさせてくれない女に取られて良いのか?」

「何もさせてくれないって、出掛けてくれただろう? 一応、また誘って良いみたいだ。他の男より金を持ってるって伝わったら結婚出来るというのなら、色々買う方が良くないか? 必要なら貸す……」

「貸すなって言ってるだろう! このアホウ!」


 また背中を叩かれた。


「分かったエクイテス。彼女は金目当てでも何でもなく、助けてくれたお前に惚れてくれたのかもしれない。その可能性もしっかりある」

「そうか? なんかお前と話していたら、金目当てがしっくりくるというか……俺だぜ?」

「なんだその自己卑下。基本的に好きにしろ。ただし金は貸すな。貢ぐな。金が欲しい、あれこれ欲しいと言われたら俺にすぐ言え」

「貢ぐなって、チョコレートを買うくらいは良いよな?」

「チョコレート?」


 俺はクリスティーナがとても美味しそうに、ゆっくりとチョコレートパフェを食べていたことを教えた。


「ダメだ。安い花にしろ」

「花なら良いって……」

「安い、花だ」

「それなら安いチョコレート……」

「安いチョコレートなんてあるか。バカ高いぞあれ」

「花じゃ笑ってくれないかもしれないだろう?」


 想像してみる。彼女に花はとても似合う。花束を抱えてくれるなら、白やピンク系でまとめた花束が良い。絶対可憐だ。

 白い肌にふわふわした薄茶色の髪。若葉色の大きな瞳。あの清楚可憐な姿に似合う花束にしたい。

 笑ってくれたら……さらに可愛い。


「花か。良いな」

「じゃあ行くぞエクイテス。俺が様子を探ってやる。安い花を買って酒場だ。少し書類が残っているから少し待っててくれ」

「花屋が閉まるから、先に買ってる」

「じゃあ1番近いバネッサ花屋で待ってろ」


 俺は急いで残りの食事を口に押し込み、さっさと噛んで、無理矢理飲み込んだ。今日も砂利の味や食感。

 

(花屋の前にチョコレートだな。花が嫌いそうならチョコレートを渡す)


 食堂を飛び出し、1番近い菓子屋に行った。いつも並んでいるが今は幸運なことに空いている。

 チョコレートより高い、カラフルなお菓子、マカロンというものを見つけた。

 迷って、両方買った。お菓子が5つ入る箱に、チョコレート3つにピンクと緑のマカロンを2つ。

 それから急いで花屋に向かった。閉店ギリギリに間に合った。しかし、もう品数が少ない。

 白は細かい花が沢山ついている品種があるけれど、ピンク系はないし、残るは紫や青。それからド派手な赤い薔薇。彼女のイメージじゃないし赤は嫌いだ。


「お兄さん買うの? 買わないの? もう閉めるんだけど」

「いやあの、買います。薔薇以外全部」

「薔薇1本で良いです」

「痛っ」


 気配を感じるよりも早く尻を蹴られて、振り返る。オルトだろうと思ったら、オルトが仁王立ちしていた。


「その紙袋は?」

「いや、予備。花がイマイチなら……」


 今度は頭を叩かれた。


「貢ぐなって言ったばかりだろう」

「うるせえ。俺は彼女の笑った顔が見たいんだ」

「惚れた男が会いにいけば、それだけで笑うっつーの。物でつってどうする。愛想笑いが嬉しいのか? それなら客として毎日通え」

「毎日? それは、そうしたいけど、金が持たないし……」

「会うたびにチョコレートを買うより、安いブランデーのボトルを入れて、ちまちま飲む方が安いだろ」

「金がないって思われたら終わりなんだろう?」

「違う。そういう可能性があるって言っただけだ。お前の頭はイカれてるな。誰だお前。俺の知らねえ男だ。ほら、行くぞ」


 オルトが薔薇の代金を払った。それで、俺の背中を押す。薔薇はオルトの黒羽コートの内ポケットに納まった。

 署からコーラリアム酒場までは徒歩30分ほど。俺はオルトに「金を貸すな。貢ぐな」と呪いのように言われ続けた。


 ★


 コーラリアム酒場の看板は人魚。だから、クリスティーナはマーメイドらしい。

 〇〇酒場の誰々、どこどこパン屋の〇〇など、部下達は美人の情報を沢山持っている。

 配属されて2ヶ月、色々な名前を聞いたが、興味が無いので全然覚えていなかった。

 コーラリアム酒場のマーメイド、クリスティーナももちろん知らなかった。


(接客で愛想良くしてくれるだけの女を追い回す勘違いアホな部下達と思っていたが、俺も仲間入りか……)


 扉を開けば「いらっしゃいませ」と受け入れてもらえる。なのに、足が動かない。


「何照れてるんだよ。入れ」


 肩を叩かれて、顎で扉を示される。


「心の準備が……」

「その顔、怖いし気持ち悪いんだよ」


 オルトが扉を開き、俺を店内に押し込んだ。


「いらっしゃいませ」


 声が違う、と顔を上げると金髪娘のエミリーだった。


「エミリアちゃん! ビールおかわり!」

「はい、少々お待ちください」


 エミリーではなく、エミリアか。俺は店内を見渡した。クリスティーナがいない。代わりに見たことのない女性店員がいた。


「2名様ですね。エクイテスさんにオルトさん、こちらへどうぞ」


 名前を覚えられていたことに驚く。エミリアに案内されて、空きテーブルに腰掛けた。

 その時、俺の視界にクリスティーナが入った。調理場らしきところから現れ、ワインボトルとグラスの乗ったお盆を運んでいく。


「お嬢さん、注文はあの彼女にお願いしたい。手が空いた時に来てもらえるように頼んでもらえます?」


 オルトがエミリアに笑いかけた。


「うちはそういうお店ではないですが、エクイテスさんですからね。かしこまりました」


 エミリアは爽やかな笑顔を残して去っていった。彼女、何かを知っている。エミリアはそのままクリスティーナに近寄り、彼女に何か耳打ちした。

 俺は俯き、会話に備えて深呼吸を続けた。

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