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新世界で

【半年後 アルタイル王国アストライア街】


 アストライア領地は、アルタイル王国王都からみて東にある、交易で栄え始めている領地の中心都市。以前よりマシらしいが治安が悪いという。


「エクイテス、この光景に見覚えねえ?」

「あるな」


 酒場で騎士達が「リリーちゃん!」とウエイトレスに熱烈アプローチ。メアリー、アイリスも大人気。ほとんどの騎士が酒を飲んでデレデレ顔。


「すみません。基本的にアホな部下達で。実力は保証しますし有事は働きますけど。厳しく鍛えて下さい。フィラント様が去ってから少々緩んでいて」


 新たな上司、アストライア騎士団隊長のゼロースがため息を吐きながらビールジョッキに口を付けた。


「はい、励みます」

「俺は俺なりに怒られない範囲で好きにやらせてもらいます」


 オルトと俺は今日からアストライア騎士団副隊長だ。副隊長という名の、治安向上の命を受けた特別顧問。ゴルダガにはない騎士爵という貴族の爵位を与えられ、領主側近にもなった。

 正式な副隊長とは別の特殊な地位。

 約半年、アルタイル城にほぼ監禁され、政治経済哲学国内情勢にマナーその他を朝から晩まで叩き込まれ、騎士としてはフィラント王子にしごかれ、現在に至る。

 その間、俺はクリスティーナ、オルトはアルベルティーナと面会制限を設けられ、週に3日、1時間しか会えない生活を強いられた。

 一方、彼女達姉妹と母親も城内に軟禁。半日は礼儀作法や教養その他のレッスン。午後はアルタイル大聖堂で聖書を読んだり掃除。その後は自由時間で、見張り付きでも王都観光や歌劇観劇まで出来たらしい。

 フィラント王子の妃によくアフタヌーンティーに誘われる。緊張するけどこの国のお菓子は美味しいし、お妃とのお喋りは楽しいという。王都観光や歌劇観劇も彼女の提案だと聞いた。

 そんな風に、彼女達には俺達同様、いや俺達以上の衣食住が保証されていた。

 なので、逆らう気など全く起きず、むしろ「アストライアに配置出来るようになったら家族で暮らしてもらう」というので励みに励んだ。

 

「新副隊長! ゴルダガ戦線で副隊長と戦って勝ったって話は本当ですか? 命の保証を望んでアルタイルに寝返ったゴルダガの鬼神って、どちらです?」


 まだ名前も知らない騎士に話しかけられた。ゾロゾロと集まってくる。

 副隊長とはフィラント王子のことだ。彼は以前この街で騎士団副隊長を務めていた。

 副隊長という名の、治安向上の命を受けた特別顧問にして領主側近。

 つまり、俺達はフィラント王子の後釜として送り込まれた。

 ゴルダガとの戦いに備えて多少の戦力強化。情報が欲しいのかと思ったのに、その辺りは全然聞かれなかった。

 むしろアルタイル城で「国王陛下はゴルダガに報復する気が全くない」という話も聞いた。なぜだ?


「ゴルダガの鬼神だってよ、エクイテス」

「勝っていません。落馬させましたけど、その後に矢で打たれてこちらも落馬。隊はとっくに散り散りで、周囲に味方ゼロで絶望しました」


 賑やかだった酒場内が少し静かになる。集まってきていない騎士達はワイワイしたり、ウエイトレスに話しかけている。

 騎士の1人がアイリスと呼ばれているウエイトレスに抱きついた。覚えがある。めちゃくちゃ覚えがある光景。

 俺はテーブルの上にあったワインのコルクを指で弾いてその騎士のこめかみに当てた。


「いてっ。誰……」

「そこのお前! 店に迷惑をかけるな!」


 つい、テーブルを叩く。


「騎士道に背くな! 勤労なお嬢さんに不埒な真似など言語道断! 腕立てしろ! とりあえず100回!」


 俺の叫びで店内が静まり返る。あっ、つい。以前の仕事のノリでやってしまった。あの日も着任早々だったな。


「聞いたなお前ら、次からは全員連帯責任にするぞ。フィラント様がいつか君達の誰かを王都に呼ぶかもしれない。品格を身に付けろ。いやあ、いいね、エクイテス君。ビシビシ頼むよ」


 ゼロース隊長が呑気そうな笑い声を出した。アストライア騎士団は大所帯。この街だけではなく領地全てに騎士を派遣して管理する隊長。

 きっと見た目や柔らかな雰囲気通りの男ではないだろう。俺達はこれから彼に見張られ、評価を付けられる。俺は大きく頷いた。

 今日の歓迎会に集まった騎士は幹部達。の筈だが、既視感しかない。

 一方のオルトは「業務外はそんなに構う気はありません」と黒ビールを呷った。


「新副隊長! 可愛らしいお嬢さんを口説くのは当たり前のことです! 恐怖政治反対!」

「そうだそうだ! でもクロード先輩は腕立て100回! 俺のアイリスさんに気安く触るな!」

「いて、痛いって、お前達、上官に向かって何をする!」

「ちょっ、先輩達、なんすか!」

「何が俺のアイリスさんだ! アイリスさんは俺が射止める!」

「俺に決まってるだろう!」

「まあ俺はメアリー……」

「貴様! 俺のメアリーさんを呼び捨てにするな!」


 俺は頭を抱えた。国も街も違うのに、既視感しかない。増えた。管理、訓練、鍛錬しないといけない部下が増えただけ。


「男はどこの国でもバカでアホだな。んじゃ、俺はそろそろ帰ります。今日から可愛い婚約者と好きに会えるんで」


 オルトが空にしたビールジョッキをテーブルに置いた。

 クリスティーナ達家族は1ヶ月早くこの街で暮らしている。ユース王子が手配した3階建ての、目眩がする程豪華な屋敷が彼女達の新しい家。

 フィラント王子の別荘らしく、暮らしながら管理する様に言われている。特に庭と鶏小屋。手伝いの侍女が2人いる。

 この街は治安が悪いそうで、屋敷の門には騎士団から派遣される門番が付き、彼女達の外出の際は護衛になるらしい。監視でもあるだろう。

 家事や庭の手入れ、鶏の世話で1日がほぼ終わるのに、数日に1度領主に命じられたボランティア活動もあるという。窮屈で不自由だ、とクリスティーナからの手紙に書いてあった。

 一方、俺達の家は当分領主邸。レグルス・カンタベリ領主の側近としての仕事に早く慣れるようにそうしたと言われて、昨日から住んでいる。


「ん?」


 出入り口に向かっていたオルトが足を止めて振り返る。

 酒場内が水を打ったように静まり返っている。騎士達がオルトに殺気のこもった視線を向けている。

 俺は思わず腰に下げている剣の柄に手をかけた。


「帰すか! 俺達の夢と希望を返せ! 月の妖精が婚約済みとか認めない!」

「アルベルティーナさんは俺が新副隊長から奪う! 勝負しろ!」

「いや俺だ! 大体、鬼神騎士の噂は知っているがあんたは知らねえ!」

「俺達より弱い新副隊長なら必要ない! 新副隊長が2人なんて変だ!」

「俺は聖堂で彼女と運命的な出会いをしたんだ!」

「はあ?」


 オルトが眉間に皺を作る。俺は目を片手で覆った。こいつら、オルトに喧嘩を売るとはバカだ。雰囲気で分からないのか?


「エクイテス君。ゴルダガでは確か彼の方が役職が上でしたよね?」

「ええ。上位部隊と下位部隊で差があって、基本的に戦場に出るたびに俺より手柄を上げてきたのはオルトです。俺、手合わせでアイツに勝ったことがありません」


 俺達の周りに集まっていた騎士達がオルトを熱心な目で見つめる。


「俺はクリスティーナさんだなあ。月より太陽。太陽の妖精。畜生、あの指輪の贈り主は誰だ。でも安物だったな。横取り出来るか?」

「いや俺だから。俺に一目惚れしたような笑顔や目をしていた」

「お前に? まさか。俺だ俺」


 俺は心の中で舌打ちした。クリスティーナに頼まれたからって安物の婚約指輪なんて買うんじゃなかった。

 絶対買い直す。ゴルダガで貯めた金は全部アルタイルに没収され、勝手に寄付された。寝返り騎士が孤児院に多額の寄付、という新聞記事を読まされた。

 しかしアルタイルに来てから以前と同程度の給与を貰っている。副隊長就任でその額は跳ね上がった。新しい指輪くらい買える。

 クリスティーナからの手紙に「ボランティアで出掛けるからか、私も姉さんも相変わらずモテモテ。困っちゃう。結婚するまで諦めてもらえなさそう」と書いてあった。

 1秒でも早く結婚したいが、俺達の首を預かる領主から「ある程度の結果を出したら許可する」と言われている。

 

「んだよ。奪うも何もアルティは自由だ。本人が決める。けど俺より弱い奴には任せらんねえ。好きにかかってきな」


 オルトはニコニコしている。この笑顔のせいで舐められる。

 オルトが黒羽コートを脱いで俺に投げて寄越した。次は上着。それから白いシャツを脱いで上半身裸。

 服の上からでは分からない、鍛え上げた鋼のような隆々とした筋肉。戦場で負った数々の傷跡。

 特に俺を火の海から即座に救い、代わりに燃えたせいで残った左腕から背中、腹部の半分まである火傷跡のケロイドは目立つ。

 騎士達が次々とゴクリと唾を飲む。


「オルト、酒場に迷惑だ。やるなら外で……」


 腰のナイフを抜剣したオルトが跳んだ。


「あーあ……」


 オルトに突っかかった騎士が全員顔を蹴られて髪を切られた。相変わらず動作が早い。


「ひゅうううう。エクイテス君、彼は凄いね。フィラント様から化物と聞いていた」


 ゼロース隊長は呑気に口笛を吹いた。


「まあ、強いですね。あと容赦も無い」


 すげぇ、すげぇと俺達の周りの騎士達が口々に声を出す。オルトは涼しい笑顔。


「ピィーーーーー」


 聞き覚えのある笛の音。店の出入り口の扉が開いていて、クリスティーナとアルベルティーナが立っていた。クリスティーナは真っ青な顔で、アルベルティーナは赤い顔で笛を咥えている。護衛らしき騎士が2人、彼女達の後ろで目を丸めて茫然としている。

 オルトが勢い良く振り返った。


「アルティ⁈ た、助けてって何だ! 誰だ! 俺の愛しのアルティに何かをした奴は……」

「オルトさん! 謝って下さい! お世話になる部下に何をしてるんですか!」


 笛を口から離したアルベルティーナがツカツカとオルトに近寄る。相変わらず声が小さい。しかし、今は店内が静かなので良く聞こえる。


「い、いつ、いつから……」

「奪うも何もから……。何ですか。私は喧嘩が強い人と結婚する訳ではありません!」

「いや、あの、そういう訳では……」

「他の女性に肌を見せないで!」

「は、はい。はい!」


 声は小さいけど剣幕の強いアルベルティーナに押され、オルトはジリジリ後退。

 俺はオルトのシャツ、上着、黒羽コートを投げた。


「それよりアルティ、こんな遅くに屋敷を出るなんて……」

「頼もしい護衛の方がいて、しかも馬車です。21時には会いに来るって言ったのに、もう21時半ですよ!」

「いやもう帰るつもりで……」


 20時開始の歓迎会で、主役なのに21時には屋敷に行こうとしていたのか。つくづく自由な男。しかも俺に何も言わず。主役は1人居れば良いと、押し付けるつもりだったということだ。

 アルベルティーナはアルベルティーナで歓迎会に乗り込んで来るとは。

 クリスティーナと目が合う。手を振ると、可愛らしい笑顔で手を振り返してくれた。クリスティーナは抜け目ないので、そのまま他の騎士達にも愛想を振り撒いた。腹は立つがその方が良い。


「じゃあ、俺は帰る。てめえらアルティを口説くのは自由だが危険時以外は指1本触れるな。他の女もだ。口説くなら金と口で口説け。俺は女や子どもに手を出す奴は許さねえ。半殺しにして街中を馬で引きずって見せしめにしてから牢にぶち込む。俺の部下ならそうしろ」


「ピーーーーー!」


 また笛の音。アルベルティーナだ。オルトに向かって口をパクパクさせていたから、何か言いたいのだろう。彼女は相変わらず声が小さい。


「アルティどうした⁈」

「オルトさん! 皆さんに謝って下さい!」

「はい! お前ら。悪いな。こんなに弱いと思わなくて。弱い者イジメは最低だ。すまない。行こうアルティ。クリスティーナさんも。ここには騎士道を持つ奴は殆どいなそうで危険。隊長くらいだな。はあ、規模の小さいゴルダガの第3部隊より腑抜けか」


 はああああああ! と騎士達が一斉に大声を出した。ほぼ全員怒り顔。ゼロース隊長は笑っている。歓迎会で敵を作ってどうする。俺は頭を抱えた。


「こんなのを鍛えるのかよ。しかし餌を貰っているから働くしかねえ。家畜は辛えな。家畜の部下も家畜。お前ら働かねえと出荷するからな。今後街で警笛を配るから、音を聞いたら助けに行け。可愛い店員さん達、明日にでも警笛を持ってきますね」


 笑顔でヒラヒラ手を振ると、オルトはアルベルティーナとクリスティーナを連れて店を出て行った。


「あはははは! いいね! 厳しくてやる気のある副隊長が増えて嬉しいよ! 君達、来月には護身術講座を彼の案で改善するから、女性に接したり尊敬される機会が増えるぞ。子どももな」

「ああ、その話は聞きました」


 ゼロース隊長とようやく仕事の話で盛り上がれた。オルトがいると「アルティ」「アルティ」喧しかった。

 俺もクリスティーナと過ごしたいのに。

 しかし良かった。揃いの黒羽コートを買った時は、こんな生活が待っているとは思っていなかった。安物なのにどんどん幸福を呼ぶ魔法のコートだ。

 

「なあ、エクイテス君。あのオルト君の婚約者の笛、まるで犬笛だな」

「犬笛ってなんです?」

「中央からの命令で、最近犬と共に犯罪を取り締まる部門を試験導入しているんだ。犬笛はしつける時なんかに使う」


 俺はゼロース隊長の発言に大爆笑。腹を抱えて笑うなんていつ以来だろう。

 翌日、俺の名前は「黒羽副隊長」でオルトは「鬼副隊長」になっていた。前なら逆。笑える。

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