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思へども4

 熱を出した。


『俺の癒し、アルベルティーナ』


 キラキラ、キラキラと青いガラスが舞い散る世界。そのガラスにオルトの顔が映っている。

 笑って、怒って、睨んで、不機嫌で……それから……。


『突然引きずり込まれたなんて怖かったですね。もう安心ですよ』


 慈しみに満ちた優しい眼差しに、それに似合う笑顔。

 守るためなら、容赦なく暴力を振るう恐ろしい人。人々を守るために、返り血で血塗れになる人。

 

『まあ、戦況によってはどっかの砦に行くかもしれねえ』

『なんすか、それ』

『足止めだ足止め』


 足止め……。


『足止めって、アルタイルの? ウェイルズ砦です?』

『あんな最前線に行くか』


 どこかの砦……。


『全員生き残る、エクイテス優先でなるだけ生き残る、エクイテスと俺が生き残る、エクイテスを残す。常にそういう順番です』


 エクイテスの宝物はクリスティーナ。エクイテスとクリスティーナを残す。

 どこに? 村に? 逃がす? オルトは? エクイテスとクリスティーナを残してどこへ行くの?


 どこかの砦で足止め。


 足止め。


 いつも先陣、先頭で血塗れ。前にいるということは、死ぬ確率が高い。全員生きるためには犠牲を払うことを厭わない人。誰かを見捨てても構わない人。

 なら、なぜ前に行くの?

 エクイテスだ。エクイテスがいたからだ。自分のためではない。エクイテスは恩人。だから守る。どんな卑怯な手を使ってでも……。父を駒として使ったのも、エクイテスに何かあったに違いない。

 それなら、私達姉妹が恨むべきなのはむしろエクイテスではないか?

 エクイテスは知らないのだろう。クリスティーナはそんなこと知る必要ない。私もこのような推測は言わない。

 煮るなり焼くなり好きにしろ、か。

 両手を血だらけにして、返り血を浴びて……きっと怪我もしてきただろう。

 家族で逃げるのではなく、私達家族を逃すために、1人だけどこかの砦へ行ってしまう。

 

「……かないで」

「姉さん?」

「行かないで……」


 目を開く。目尻の横を涙が流れていく。


「姉さん、私はここにいるわ。熱は下がったの。お医者様も大丈夫って」


 窓の外は暗い。夜だ。全身がベタベタして気持ち悪い。お腹も減った。熱。

 熱が出て3日。ぼんやりした意識の中、クリスティーナの声でそう聞こえた。

 クリスティーナが私の手を握ってくれている。


「ええ。体が軽いわ。頭はまだ少し痛いけど、お腹が減った。心配かけてごめんなさい」

「スープを用意してあるの。ずっと熱でうなされていたわ。行かないでなんて、辛くて心細かったのね。毎日1日中看病すれば良かった」

「うつるもの。誰かに、お医者様に止められたでしょう?」

「そうだけど……」

「行かないでは……違うわ。夢を見たの」

「夢?」


 私は体を起こした。


「アルタイルが攻めてきて……」

「嫌な夢ね。噂では大丈夫みたいだけど。熱で弱って嫌な夢に襲われたのね」


 よしよし、とクリスティーナが頭を撫ででくれた。


「エクイテスさんが私達家族を守ってくれるの」

「そうね。村ごと守ってくれるわ。エクイテスさんは強いらしいの。それに、村にアルタイルの兵士が来るなんて、その時はゴルダガは終わりよ。王都陥落後だもの。皆でどこかへ逃げましょう」

「そうね。その逃げる間、時間稼ぎでオルトさんは行ってしまうわ……」

「オルトさん?」


 涙が溢れてきて、ぽたぽた落下していく。


「お父さんは行ってきます、必ず帰ってくるって言ったわ。なのに骨よ……。ゴルダガが滅んだら、骨すら帰ってこない……。逃げた先に届けてくれる人がいない……。全員死ななくても、生き別れで、きっと2度と会えないわ……」

「姉さん?」


 クリスティーナがベッドに腰掛けて、私の背中に手を回した。よく見たら、ここはクリスティーナの部屋だ。

 もしかしたら、クリスティーナは私の隣で寝ていたのかもしれない。看病のために。風邪がうつるかもしれないのに。


「戦争なんて嫌い……。報復されたらやり返す。それだと憎しみは永遠に終わらない。嫌い。大嫌い。戦争なんて大嫌い。お父さんが死んだのはゴルダガがアルタイルを侵略しようとしたからよ!」

「姉さんはそんな風に考えていたのね……」

「このまま何もないと良い。皆で仲良く、幸せに暮らしたい……」


 私はクリスティーナを抱きしめた。それで、部屋中に花が飾られていると気がつく。

 花瓶は3つ。溢れんばかりの花が生けられている。白と青系の花ばかり。クリスティーナから離れて、花を眺める。

 部屋が花畑みたい。鼻がぐずぐずするけど、匂いは分かる。良い香り。


「姉さん。その皆には、オルトさんも含まれているわよね?」

「ええ。家族になるんですもの」

「家族ねえ……。あの花はオルトさんからよ。全部。毎日1つずつ増えていくの。教会で神父様にお祈りしてもらったって」

「まあ……」


 クリスティーナが私から離れた。ベッド下からカゴが出てくる。果物が沢山乗っている。りんご、ぶどう、ザクロ、桃が数個ずつ。


「これもオルトさんから。治ったら食べてって。これも教会で祈ってもらったって」

「こんなに?」

「それから……」


 まだあるの⁈ クリスティーナが大きいめの箱を持ち上げた。花柄の包装紙に青いリボンが結んである。


「元気になったら着てくださいって洋服。これも祈ってもらったそうよ」

「服?」

「靴も」


 クリスティーナは箱を置いて、別の箱を持ち上げた。


「どうしてこんなに? 教会で祈ってもらったって、そんなに何度も?」

「熱烈よ。一緒に育ったのに似ていないと思っていたけど、似ているところがあったわ。エクイテスさんと同じで熱烈よ! 噂が回ってきて、サファイアが本物なのも聞いたわ! 熱を出す前の署での騒動も!」


 箱を置いたクリスティーナがベッドに両手を置き、体を折り、私に顔をずいっと近づけた。

 熱烈の意味は分かる。下がったはずの熱がぶり返したような感覚。全身から汗が吹き出した気がする。


「熱烈にアプローチされてるわ! 今も下にいるわよ。姉さんが寝込んでから毎日仕事終わりに来て、居座ってる。仕事の合間だか休憩時間にお見舞い品を持ってくるの」

「下に? こんなに沢山のお見舞いなんて、お礼を言わないと」

「会いたいの?」

「ええ、もちろん」

「気持ちが嬉しいから?」

「それ以前の問題よ。お礼をしないと。礼儀よ」

「アプローチされているのよ? どうするの?」


 どうするって、どうする?


「分からないわ。こんなこと初めてだもの」

「毎日、色々な男に口説かれているじゃない」

「冗談か他の人達と同時並行の範囲ででしょう?」

「違うわよ。本気もいるわよ。姉さんが鈍いだけ。でもオルトさんは超ド級の本気だわ。こんなの、好かれたくて必死よ。あと心配性ね。お医者様が大丈夫と言ったのに、何回も何回も教会に行って」


 私はコクコクと頷いた。そんな気もする。


「そんなに心配して下さっているなら、元気になったと知らせないと」

「私が教えるわ」

「下にいらっしゃるのでしょう?」

「そのボロボロな姿を見せるの? いや、むしろどうなるか見てみたいわ」


 ボロボロ? 体はベタベタしているし、寝巻きは……皺だらけのヨレヨレ。髪は……こちらもベタベタしているし、ボサボサっぽい。


「行きましょう」

「待って。クリスティーナ、この姿では……」

「その気がないなら、贈り物は気持ちだけ受け取りますって言うのよ? それから、次からはいただけません」

「ええ……。でもその気がないのかが分からないわ。分からないの。初めてでドキドキしているのか、とても心配されたのが嬉しいのか、他の方でも同じなのか」

「私が姉さんの反応を見てあげる。あとオルトさんのことも」


 クリスティーナに腕を引かれた。起き上がり、髪を撫でつけ、服の皺を伸ばす。


「臭くない?」

「近寄らなければ分からないわよ」

「臭いのね⁈」

「行くわよ」


 クリスティーナが松葉杖を使って歩き出す。早く、と急かされてついていった。階段を降り、廊下を歩き、また階段を降りる。クリスティーナは途中で止まった。


「多分気がつくだろうから、ここから手招きしましょう」

「ええ……」


 今夜のコーラリアム酒場も賑やか。私はこの時間に働いたことはないけど、男性客しかいない。女性客や家族連れがいないから、もう夜の遅い時間なのだろう。

 

「アルベルティーナさん!」


 騒がしい店内に、オルトの声が響いた。階段から遠いテーブルに、オルトとエクイテスがいて、オルトが立ち上がっている。

 店内が静かになり、客達に注目される。ホールにいるアメリアにエミリア、サリーも私を見ている。

 

「お、起きた。熱が下がった! 良かった!」


 オルトはそう言うと、ポケットから財布を出し、テーブルにお金を置いて、私に会釈。近寄ってきて階段を上がってくるのかと思ったら、そのまま店から出て行った。


「あら? 帰るんだ。意外」

「オ、オルトさん……」


 まだお礼を言っていない。私は階段を駆け降りた。カランカラン、とベルの音が鳴る。扉が閉まる。

 何で帰るの? 安心したから? 私はまだお礼を言っていない。

 私は思わず笛を出して吹いていた。ピーーーーーと甲高い音が鳴る。

 少しして、店の扉が勢い良く開いた。


「アルベルティーナさん⁈」


 オルトが飛び込んできた。それで目が合った。心配そうな表情。切なそうな瞳。ボッと顔が熱くなる。

 私は彼の癒しらしい。それで熱烈アピール。つまり、この人は……。

 今更気がつく。オルトさんは私を好き。家族や友人への好きではなく、愛というやつ。エクイテスがクリスティーナに向けている眼差しや言葉や態度と同じ種類の感情。

 体がよろめき、足の力が抜ける。私はへなへなとしゃがみ、階段に腰を下ろした。


「どうしました? 助けてって何です? 治ってすぐ悪化ですか? 動いたから悪化したのか⁈ 医者だ。医者を呼ばないと!」


 オルトは私の前にしゃがみ、オロオロしている。


「痛っ」


 いつの間にかエクイテスがオルトの隣に立っていて、オルトの頭を叩いた。


「落ち着け。静かにしろ。医者は要らない。顔色が良い」

「要るだろう? さっきまで立っていたのに、動けないんだぞ! 医者をっ……」

「もう呼ぶな、大袈裟と何度も怒られたよな? 医務官にも怒られたよな? 医者の見立てより早く熱が下がったじゃないか。薬が効いたんだ」


 エクイテスはまたオルトの頭を叩いた。オルトがエクイテスと私を交互に見比べる。渋い表情だ。恥ずかし過ぎて、顔を見ていられない。


「お話があるので呼び止めました。声が届かなかったようなので笛を吹きました。はず、恥ずかしくて、腰が抜けました……」


 私は両手で顔を隠した。


「アルベルティーナさん?」

「ここにこのままも恥ずかしいので、は、はこ、運んでいただけると助かります。それでそのまま少しお話し出来ると嬉しいです」

「分かりました」

「やっぱりエクイテスさんにお願いしたいです。寝続けて、汗で汚れているので。エクイテスさんなら汚して良いという訳ではありませんけど……」

「失礼します。オルト、来い」


 抱えられた感触と体が浮いた感覚がしたので、指を少し開いて確認。抱き上げてくれたのはエクイテスだ。良かった。

 屋根裏部屋のクリスティーナの部屋まで運ばれる。私の部屋は2階。エクイテスも私が熱で寝ている間はクリスティーナの部屋にいたと知っているみたい。

 部屋に入ったのは私、エクイテス、クリスティーナ、オルトの4人。私はソファに座らせてもらった。

 最初からここにオルトを呼んでもらえば良かった。


「あーあ、私、オルトさんに住んでいる部屋を見せたくなかったのに。行きましょう、エクイテスさん。私達、会話のお邪魔虫です」

「ええ。では失礼します」


 エクイテスとクリスティーナが部屋から出て行く。オルトが続こうとして、エクイテスに突き飛ばされた。扉が閉まる。


「エクイテス! エクイテス! 男と女を密室に放置するな! 清楚可憐な乙女が襲われるぞ! 俺が死ぬぞ! 友に死ねって極悪な男だな! 俺を救え! 処刑台送りになる!」


 オルトは何を言っているのだ?

 扉を開こうとしても、開かないらしい。ドアノブをガチャガチャする音がする。オルトは扉を何度も押している。


「あの……」

「ひっ! 大丈夫です。いざという時は、これで死んでおくので大丈夫です」


 オルトが振り返った。これ、と言うとオルトは鞘から剣を抜いた。おまけに刃を自分の首に当てる。


「危ないですオルトさん」

「危ないのは貴女です。良いですか。近寄らないで下さい。動いたらいけません」


 状況的と台詞から、私と2人きりだと襲う可能性があるってことらしい。意味が分からない。襲おうと思っている男はこんなことしない。

 強姦魔をボコボコに殴って馬で引きずらせる男はそんなことしない。

 女性や子どもが被害者の事件を減らそうと日夜励んでいる人は、女性を襲ったりしない。


「危ないのはオルトさんです。怪我をしたら困ります。首なんて死んでしまいます。その剣を離して下さい」

「死んでも離しません! 話があるならこのまま聞きます」


 オルトは扉にピタリと体をつけた。青白い、怯え顔をしている。


「貴方と2人でいても、全く危険がないことは知っていますから、危ないのでどうかその剣を離して下さい」

「それは勘違いなので無理です。話があるならこのまま聞きます」


 私はため息を吐いた。諦める。話がしたいと言ったのは自分だ。オルトの好きにさせよう。

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