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方惚れ1

 

「何考えてるの? オルトさん」

「ん? 君のこと」


 俺はベッドの上で、ナナリーに後ろから抱きついて横になっている。相変わらず柔らかくて温かい体。


「嘘ばっかり。今夜もしないんです?」


 ナナリーが身じろぎして、こちらを向いた。向かなくていいのに。まあいいか、と軽く抱きしめる。


「逆に聞くけど、休めるのにしたいの?」

「うん。格好良くて逞しいし、1回試してみたいなって」

「そりゃあどうも。でも今夜もその気がないからまた今度な」

「また今度、また今度っていつもじゃないですか。ねえ、本当に?」


 触られたけど、する気がないのでナナリーの手をペシっと払う。

 体の向きを戻させて、元の体勢。うとうと、と眠くなる。

 騎士になりたての頃、先輩騎士に連れられて女を買ったが、夢中になって終わった後、怯え顔に気がついて、それが目に焼き付いてしまった。

 それ以来、何度試してみても無理。むしろ女に触ること自体少々苦手。性欲はあるのに困ったもんだ。

 金が増えて、高い店のめちゃくちゃ愛想の良い女なら平気かと考えた。

 抱きしめるくらいなら平気。さらに温かくて柔らかい女を抱き枕にするとよく眠れる。

 普段、毎日のように眠りが浅いので、たまに熟睡したくて来る。なのに……。


「ねえオルトさん。またこの間の続きを教えて下さい。ほら、星座の話」


 ナナリーがまたこちらを向いた。おまけに「んー」と唇を尖らせて顔を近づけてくる。避けたら頬に当たった。


「止めろ。寝かせてくれ。話すから静かに大人しく聞け」


 俺はナナリーの向きをまた戻した。背を向けさせて元の体勢。この間の話の続きを始める。いつか、どこかの誰かに聞いたおとぎ話。

 元々、何でこんな話をするようになったんだっけ?

 いい感じに眠い。


「オルトさん、その続きは?」

「うん。眠い……また今度……」

「全然話してないじゃないですか。私はまだ眠くないです。私が眠くなるまで寝かせません。擦りますよ」


 体を弄るナナリーの手を払い、軽く掴んで拘束。組み敷いて軽く睨む。怯えられるのは不本意だけど、俺はとにかく寝たい。


「やん。その気になった? 嬉しい。無理矢理なんて燃えちゃう」


 ナナリーが頬を赤らめて微笑んだ。おまけに俺の手から逃れて首に手を回してくる。

 さすが高級娼婦。愛想笑いが上手い。なのに客の望むことをちっともしない。前は大人しくしてたのに。


「1人で燃えカスになれ」


 ナナリーを離し、背を向けて寝っ転がる。後ろから抱きつかれた。これはこれで眠れそうな気がするので黙って受け入れる。


「本当に変人なんだから。貴重な清潔感のある色男なのに、つまんない。ねえねえ、抱かれるのは諦めるから、せめて続きを聞かせて」

「続き? 終わりだ終わり。2人は星になりました。それが今の北極星。だから2つ並んで動かない」

「素敵。その星は私とオルトさんね……。好きよ、オルトさん」

「そうかもな。はいはい、ご苦労様」

「きゃああ。嬉しい」

「その接客、疲れるだろ。何もしなくていいんだから寝とけ」

「接客じゃないもん」


 ナナリーの腕に力がこもった。また体を弄られそうになり、手を払う。疲れる。めちゃくちゃ疲れる。

 俺は大金を払って睡眠を得るはずが、何をしているんだ?

 特別ナナリーに思い入れがある訳じゃない。また店を変えるか。

 抱かれないのは、高級娼婦のプライドを傷つけるのだろう。

 俺に安息の場所ははないのか。やだやだ騒ぐナナリーを無視して目を閉じる。しばらく無視していたら、ナナリーの腕は俺から離れた。背中に額だけくっついている感覚。

 もう眠気が強いから十分かもしれない。けど夢見が悪くて起きそう。金を払った意味が全くない。


 エクイテスのように恋人を作って結婚したら安上がり。最近、ようやくそんな当たり前の事に気がついた。

 しかし問題は恋人の作り方というか、誰にするか。誰もかれも同じ、じゃがいもに見える。

 美人、可愛い、胸がデカい、良いケツしてそうetc.

 そういう違いは分かるが、服を脱がして抱きたい女、俺に怯えなそうな女、触られても良いと思える女と考えると誰もピンとこない。

 そして、誘われてデートに行っても2度目はない。2回目に誘われたことがない。クリスティーナに「モテない」と言われた通りだな。

 

『父が亡くなった代わりに、貴方が生きて、あの女性の尊厳が守られました』


「うおっ……」


 慈しむような微笑みがまぶたの裏に浮かび、俺は飛び起きた。

 

「オルトさん?」

「いや……」


 2週間も思い出さなかったのに、何で急にアルベルティーナの微笑みを思い出したんだ?


 ゴソゴソ音がするなとは思っていたが、覆い被さってきたナナリーは裸だった。おまけにシャツのボタンに手を掛けられる。


「お願い。1回だけでいいから」


 ふと考える。ここまで積極的な女ならイケるんじゃね?

 とりあえず、胸を揉んでみる。大きさ、弾力、申し分ない。さすが高級店のナンバー3。

 シャツの前をはだけさせられ、胸を撫でられる。


「あん。やあっ。その触り方、上手……。もっと」

「……」


 俺は手を止めた。それからナナリーの手も払った。シャツのボタンを留める。


「オルトさん?」

「無理。寝る」


 何か違う。気分が沈む。理由は何だ? 


「えええええ。そんな。濡らしておいて……。やだあ。ねえねえ、お願い」

「寝るったら寝る」


 自由にするとやりたい放題されるので、薄いシーツをナナリーに軽く巻き付けてから抱き枕にした。最初からこうすれば良かった。

 ぶつぶつうるさいナナリーを無視して目を閉じる。今度は何も出てこない。いつもの戦場の映像。血飛沫や死体。柔らかさに集中すると、それが徐々に薄れていく。

 血の匂いの気配を、香水の匂いで追い出す。気がつけば朝までたっぷり眠っていた。

 起きた時、ナナリーはえらく不機嫌で、お詫びにキスしろとせがまれ、逃げるのに苦労した。おかげで出勤ギリギリ。朝から疲れる。

 

 ★


 娼館からそのまま出勤。いつもの日常。と、思っていたら昼に受付で荷物を渡された。見覚えのあるバスケット。

 食堂に行き、バスケットをテーブルに置いて蓋を開ける。大嫌いな蜂蜜の匂いが鼻につく。


「また蜂蜜がけクッキーかよ。芸がねえ」


 メモが入っていたので摘み上げる。


【今夜は家族で夕食会です。クリスティーナ】


 2週間、オルトもクリスティーナもコーラリアム酒場も避けていたからかもしれない。


「よお、オルト。差し入れ食べたか?」


 俺の隣にエクイテスが腰掛けた。今日も元気にコーラリアム酒場でクリスティーナとランチだと思っていたので驚く。

 エクイテスの手にはバスケット。


「食えるか。お前が食え」

「多分俺の弁当にも入って……」


 バスケットの蓋を開けたエクイテスが瞬きを繰り返す。それから俺のバスケットの中身を見て、視線を戻す。

 ポテトサラダ、数種類のキノコのマリネ、玉ねぎか何かのソースの掛かった魚のフリットに、温野菜グリルとパン4枚。かなりボリューミー。エクイテスはこんなに大食いだったか? クッキーが2枚添えられている。

 俺はクッキー5枚。大きなバスケットにクッキー5枚。


「お前の嫁、露骨過ぎねえ?」

「よ、嫁じゃ……まだ違う」

「恋人でも婚約者でも嫁でも何でもいいが、そいつを寄越せ」

「クリスティーナがせっかくデザートをくれたんだから、主食を買ってこいよ」

「バスケットを持ってきたのお前だろ。わざわざ受付に預けやがって。美味そうだろ、そっちの方が」

「だから俺が食うんだろ。何横取りしようとしてるんだ」


 昔は何でも半分こだったのに。

 なんすか? なんすか? と俺とエクイテスの部下が数名ずつ集まってきた。


「副隊長、また差し入れですか? 本当にモテますね。なのに次々振って取っ替え引っ替えらしい……ん? そのクッキー、確か……ああ、エクイテス補佐官、お疲れ様です!」


 レイリーが俺とエクイテスのバスケットの中身を見比べ、苦笑いした。


「副隊長、羨ましいですね。クリスティーナさんからのお裾分けって」

「どう見ても羨ましいのはそっちの弁当だろ。俺は甘い物が大嫌いだ」


 舌打ちしながらクッキーをつまんで齧る。レイリーが怪訝そうな顔をする。


「こいつの嫁に、嫉妬されてるんだ」

「だからまだ嫁じゃ……」

「補佐官、クリスティーナさんとはまだ結婚しないんですか?」


 エクイテスの部下——名前は覚えていない——がエクイテスに話しかける。羨ましそうにバスケットの中身を見つめている。


「半年か1年くらい。色々準備するからな」

「うわあああああ! やっぱりするんだ。畜生。俺が先に見つけたのに!」

「サイナス、食ったらぶん殴るぞ」


 サイナスに向けられたエクイテスの睨みは恐ろしかった。食べる事を嫌うようになった男が、食物に執着する日が来るとは感慨深い。


「副隊長、せめてクリスティーナさんのクッキーを下さい」

「おうレイリー、食え食え」

「ってか、大嫌いなのに食べるんですね」

「そりゃあ可愛い妹分からの差し入れだからな。嫉妬まみれの嫌がらせだけど」

「オルト、よく考えたらこの量は2人分だ。クッキーを全部食ったらやる」


 俺はレイリーからクッキーをひったくった。


「先に言えよ」

「半分くれって言わずに全部奪おうとするから。昔は何でも半分こだったのに」


 部下達が顔を見合わせる。


「仲良いんですね、副隊長とエクイテス補佐官」

「腐れ縁だ。孤児院から戦場までずっと一緒」

「孤児院出身なんすか? 意外。それじゃあ趣味とか好みも似てるんで……もしや副隊長、クリスティーナさんを取られたからって、アルベルティーナさん狙いじゃないですよね?」


 アルベルティーナの名前を聞いた瞬間、俺はクッキーを吹き出しそうになった。耐えられてホッとする。

 

「君、アルベルティーナさんを知っているのか?」

「ええエクイテス補佐官。コーラリアム酒場の新しいマーメイド。元気で可愛いふわふわしたクリスティーナさんに、しとやか美人で穏やかなアルベルティーナさん。太陽と月。輝くしま……い……」


 キーエンスが固まり、頬を引きつらせた。エクイテスが睨みでもしたのだろう。

 新しいマーメイド。彼女はもうコーラリアム酒場に引っ越したのか。それで店員デビューしている。知らなかった。

 

「オルト?」

「あんなにオドオドしていて、声も小さくて、接客なんて出来るのかね?」

「オルト?」

「ん?」


 気がついたら部下がいない。エクイテスの部下もいない。


「エクイテス、お前やり過ぎだろ」

「はあ?」

「嫉妬深い奴は怖い怖い」


 エクイテスはしばらく顔をしかめ、それから俺に弁当を分けてくれた。


 ★


 夜、仕事が終わると重い足取りでコーラリアム酒場へ向かった。今夜もそこそこ居心地が悪いだろう。

 会話しているうちに気楽になるが、時折ふと「笑っていて良いのか?」と我に返る。


(慣れないと、ねえ……)


 歩きながら、閉店しようとしている花屋が目に付く。次に淡い青色のひらひらした花が気になった。


(花か……)


 クリスティーナがエクイテスから薔薇をもらって笑ったように、アルベルティーナも笑うか?

 女は花が好きとは誰が言ったか。いつ知ったか。


「すみません、残りの花で、花束にして合わないもの意外全部使って花束にして下さい」


 口にしてから、首を捻る。全部?


「あいよ。花束のリボンはつけるかい?」

「あの、じゃあ青で」


 今更1本下さいとはいえない。真っ赤は嫌い。黄色はイメージではない。緑はクリスティーナの瞳の色。アルベルティーナはターコイズみたいな瞳をしているので青がしっくりくる。

 花束を受け取り、抱えながらコーラリアム酒場へ向かう。俺、何してるんだ?

 酒場に到着して、扉の前で立ちすくむ。


(足が、動かねえ……)


 疲れか? 今日はそんなに忙しくなかった。寝不足か? 昨日ナナリーを使ってしっかり寝た。今頃痺れ薬の後遺症? 

 それだ。とっくに痺れは取れたし、肩の傷も順調で随分動かせるし痛みも少ないが、そのせいだろう。なぜ足なのか分からない。俺は薬に詳しくない。


「何してるんだ、オルト」

「ん?」


 エクイテスの声がしたので振り返る。やはりエクイテスだった。


「なんか矢の痺れ薬の後遺症? 足がだるい」

「それ、大丈夫なのか? そんな後遺症、聞いた事ないけどな。本で読んだこともない。足を上げてみろ」


 普通に動いた。だるくもない。


「治った」

「そうか。オルト、その花束はどうした」

「アルベルティーナさんの引越し祝い。多分。気がついたら買ってた」

「多分?」

「ああ」


 他に渡す理由がない。買うのが先で、理由は後から。なんか変。

 エクイテスが扉を開ける。俺はジリジリ後退りした。なんか、無理。アルベルティーナに会いたくない。

 嫌われているからだ。そりゃあ親の仇だ。怯えられている。

 手を拭いてくれた時は微笑んでくれたが、聖女並みに優しいからだろう。本心は分からないが、俺を許すような言葉しか言わない。

 

「オルト? 何してるんだ?」


 エクイテスの向こうにアルベルティーナの姿を見つけた。クリスティーナが席に座るのを助けている。

 俺はエクイテスを押しのけて入店した。足が勝手に動いていた。


「オルトさん、こんばんは」

「こんばんは、オルトさん」


 クリスティーナは満面の笑顔、アルベルティーナは下を向いて困り笑い。

 怯え顔でなくて少しホッとした。


「ん」

「ん?」


 んって何だ俺。アルベルティーナが俺の顔を見上げ、花束を見て、首を傾げた。


「ん」


 彼女に花束を押し付ける。


「私に? 素敵な花束ですね」


 ふわり、とアルベルティーナが微笑んだ。花束を受け取り、花を眺め、香りを嗅いでいる。先々週見た柔らかな笑顔と良く似ていた。

 全身が熱くてぼんやりする。風邪だ。俺は風邪を引いた。うつしてはいけない。

 もしくは傷が膿んで熱発した。どちらにしても署の医務室に行くべきだ。


「熱で医務室に行くので……」

「熱? 医務室?」

「うつるから近寄かないで下さい」


 俺は即座にアルベルティーナに背を向けて、店を飛び出した。そのまましばらく走り、風邪にしては元気だし、傷も痛くないなと気がつく。

 とりあえず、俺は署に戻った。医務室に行き、後遺症疑惑や突然で短い時間の熱発について相談する。


「分かりました。そういう相談は友人にして下さい」

「はい? 病気なのに?」

「違います。女性に花束を渡した時に熱発したって、単なる緊張でしょう。恋愛相談は医務室では受け付けていません」


 俺はジジイ医務官に医務室を追い出された。


(恋愛……相談? 恋愛? 恋?)


「はあああああああ⁈」


 アルベルティーナって、既婚じゃなかったか? 確か俺達の部隊にいた民間召集兵、幼馴染みのマルスとかいう奴。

 大人そうで清楚可憐で神聖なあの雰囲気で結婚貫通済み? 


「はあああああああ⁈」


 医務室の前の廊下で叫んだら、医務官が出てきて「怪我人がいるのに煩い」と叱られた。

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