愛、屋烏に及ぶ5
エクイテス、俺、俺が父親を殺してしまった姉妹。なんつう夕食会だ。姉までいるとは聞いていない。
来いと言われれば来るしかない。何の話をするかと思ったら、クリスティーナは「姉さん、オルトさんです。お父さんを駒にして死なせた人。エクイテスさんの唯一の家族です」である。そんな紹介の仕方あるか。
クリスティーナの姉アルベルティーナはおろおろして戸惑っている。
「座らないんですか? オルトさん」
「帰る。そんな紹介をされて、君達姉妹の間に座れるか」
「そんなこと言ったって、今後家族で食事会は何度もありますから慣れないと。感謝祭に収穫祭に年末年始の祈りの日に、披露宴。他にも色々」
「はあ? 俺を参加させるのか?」
今日の昼に結婚式に参加させない、と聞いたばかりだ。
「村と王都の両方で挙式します。王都の方は参加してもらいますよ。披露宴だけですけど。エクイテスさんの友人代表スピーチ、他に誰がするんですか?」
「だそうだ。オルト、座れ。クリスティーナの言う通りだ」
不本意ながら着席する。そして、少し喜んでしまった。エクイテスの結婚式の一部には参加出来るのか。そんな資格、ない気がするが。
「姉さんは事実を知っても、エクイテスさんやオルトさん探しではなく、私の心配だけをしてくれていました。上京して服屋で住み込みで働いて、私を見つけてくれたんです」
クリスティーナが姉を掌で示す。目を合わせるのは苦痛だが、渋々顔を見る。
あまり似ていない姉妹。髪の色も目の色も形も鼻も違う。しかし、口元はそっくり。色白でもちもちしっとりしていそうな肌とそばかすも一緒。
気の強そうな妹に、気の弱そうな姉。髪が長くてふわふわしている妹と、肩の上で揃えたストレートヘアの姉。姉妹なのに真逆だ。
背丈や体格、胸の大きさなんかは似ている。美人なのも同じ。クリスティーナがすごぶる美人で、アルベルティーナはそこそこ美人。姉妹なのに格差社会だ。
「ならもう帰るんですか? 無事に妹が見つかったから。それとも怪我が治るまで世話です? 仕事しているなら世話は無理か」
もうヤケクソだ、と俺はいつもの態度でいることにした。クリスティーナもこのアルベルティーナも俺を刺したくなったら刺しにくれば良い。
その時はエクイテスが代わりに俺の首を刎ねるかもしれない。
本望だ。俺は生きるために、エクイテスを生き残らせるために常に最善策を選んできた。
部下を10人抱えて全滅より、1人を犠牲にして残りをどうにか守る。戦場ではよくある話。
だからといって「許せ」と強要するつもりはない。
見知らぬ他人からの復讐なら全力で反撃するし、エクイテスの惚れた女とその家族なら甘んじる。
それだけだ。
「あの……。仕事を辞めて、こちらで少しお世話になります。クリスティーナの世話をしたいので」
アルベルティーナは俺の顔は見ずに俯いている。小さい声。
「それまで俺が休んでクリスティーナを手伝う。アメリアさんや同僚の方達も手助けしてくれるから、ここで暮らしている方が良いという話になった」
「ふーん。まあ店主や店主夫人はマーメイドを放流したくないだろうしな。男はバカだから、他の男のものが欲しいとか、人妻はエロいとか、人気は絶えないだろう」
「そうなのか? それは困るな……」
「もう夜は裏方です、野菜の皮剥きとか調理に皿洗いですよ? 口説かれるのはお弁当販売くらいで……姉さん、大丈夫かしら」
エクイテスとクリスティーナがアルベルティーナを見据える。彼女はコクン、と頷いた。
「まあ、隣に私がいるから大丈夫ね」
「隣? クリスティーナさん、君はその足でどうやってお弁当を販売するんだ?」
「オルトさん、座りっぱなしで会計と受け渡し係ですよ。配置を工夫します」
「働き者だな」
「俺がいつ仕事を辞めるか分からないから稼いで貯金すると聞かなくて」
「ああ、アルタイル。いつ攻めてくるか分からねえしな」
誰も注文しないので、腹が減ってきた。喉も乾いた。この状況、酒が欲しい。
しかし、いつも通りの態度といっても少々心苦しくて注文するのは気が引ける。
「お待たせしました。エクイテスさんはいつものブランデーボトル。オルトさんはプラム酒。クリスティーナとアルベルティーナさんはアイスレモンティー。それからコルダさんからのサービスで、サラミとチーズの盛り合わせと、ご注文のサラダです」
知らない間に注文が済んでいたらしい。
「おい誰だ、俺にプラム酒を頼んだやつ」
犯人は分かっている。俺はクリスティーナを軽く睨みつけた。その次はエクイテス。
クリスティーナは楽しそうに肩を揺らし、エクイテスは無表情でそっと視線を逸らした。
「あとオリーブ入りの……」
「取り分けますね、お兄さん。飲み物や食べ物を粗末にしてはいけませんよ」
クスクス笑いながら、クリスティーナは俺の前にオリーブが大量に乗ったサラダを乗せた小皿を置いた。
「チッ。陰湿な義妹だな。で、義理の妹の姉は俺の何になるんだ? 紛らわしいから義姉だな」
オリーブなんて大嫌いだが仕方ない。と思ったらアルベルティーナが自分の皿と俺の皿を交換した。
「クリスティーナ、やめなさい」
「姉さん?」
「許すと決めたのなら許しなさい。たとえ納得出来なくても、それは相手ではなく自身の問題です」
そう口にすると、アルベルティーナは目を閉じた。深呼吸をして俺を見上げる。彼女はおそるおそるというような、怯え顔を浮かべた。
「姉さん、その顔の方が嫌がらせよ。無理って描いてあるわ。私があっけらかんと許したらオルトさんの身の置き場がないじゃない」
クリスティーナが皿を戻した。
「私達のために嫌いなものを食べたら少しは罪悪感が薄れるわよ。罪悪感があるのか知らないけど」
そう言うと、クリスティーナはプラム酒とアイスレモンティーを交換した。
「クリスティーナさん、俺、レモンも嫌いなんだけど」
「そうなんです? 好き嫌い激しいですね」
「まあね」
俺はアイスレモンティーを一気飲みした。レモンの酸っぱさが好きじゃない。フォークでオリーブをぶっ刺して頬張る。この味も嫌いだ。
急いで食べて、大好きなサラミを口に突っ込む。
「ははっ。エクイテス、お前は面白い女を捕まえたな。いや、捕まったのか。エミリアさん、黒ビールお願い。今日も可愛いね。誰かさんと違って」
俺はクリスティーナにウインクを送った。クリスティーナは俺を睨むことなく愉快そうに笑ったが、エクイテスに頭を叩かれた。
「クリスティーナが可愛くないとか、目が腐っている」
「んだよ。なら俺が惚れて横取りすりゃあ良いのかよ」
「そんなのダメに決まっているだろう!」
「惚れられたってオルトさんなんて無理無理。私はエクイテスさんじゃないと」
「へっ?」
自分で言って自分で照れ、可憐なはにかみ笑いを浮かべるクリスティーナと、見惚れるエクイテス。
「部屋でやれ部屋で。やるってあっちじゃないぞ。別にヤッても良いけどその足じゃ難し……」
「姉さんの前で下品な発言をしないで」
クリスティーナにフォークの柄で額を刺された。避けられるけど避けなかった。エクイテスには耳を引っ張られた。
アルベルティーナは……真っ赤。顔じゅう、耳まで真っ赤にして口をパクパクさせている。昨夜、クリスティーナも似たような反応をしていたが、それ以上にアップアップに見える。
涙目だし、ぷるぷる震えている。
「あー、すみません」
「い、いえ。クリス、クリスティーナ。そういうことは嫁入り前には絶対にしてはいけません……」
「そりゃあそうよ。そう教わっているもの。しないわよ。ねっ、エクイテスさん」
エクイテスは無言。少し間があって、コクンと頷いた。こいつ、今悩んだ。どうせ結婚するなら良くないか? と考えたんだろう。
珍獣にきちんと性欲があって安心した。
「どうせ結婚するのにケチだね、クリスティーナさん。な? エクイテス」
テーブルの下で足を小突いてみる。エクイテスにギロリと睨まれた。
「ケチとかそういう問題ではない。大切なことだ。いくら結婚するとはいえ、いつになるか分からないとはいえ、数年後かもしれなくても……破局するかもしれないし……」
エクイテスの顔に「その前にしたい」と描いてある。クリスティーナが頬を染めた。
「破局だなんて。怪我が治ってエクイテスさんがまとまったお休みを取れたらお母さんに紹介して、その後ドレスやタキシードを注文して、神父様に挙式の申請をして、半年か1年以内ですよね?」
「半年か1年? そうなんですか。そうなのか。そうか。へえ」
「もっと先が良いですか?」
「俺はいつでも。今日でも明日でも。ただ、正式な順序が分からなくて。本屋や図書館にもそういう本は見当たりませんでしたし、聖書にも書いてありません」
既婚の同僚に聞け、と突っ込みたくなる。
「エクイテスさんの同僚の方に既婚者はいないんですか?」
「います。俺が補佐をしているオルセン隊長や部下の何名か……聞けば良いのか」
「そうですね。色々聞いて欲しいです」
「私は姉さんと色々探します。村や披露宴で配るものとか、素敵なドレスを仕立ててくれるお店とか」
「うちのお店の若女将さん、貴婦人からオーダーメイドを頼まれるくらい人気者なの。相談してみましょう」
「本当? 私、お母さんのヴェールかドレスの一部を使いたいの」
微笑み合う恋人同士。それを微笑ましそうに眺める姉。なんか痒い。俺はこういう雰囲気は経験がない。苦手だと感じた。
自然と会話はクリスティーナ、アルベルティーナ、エクイテスの3人になった。
俺は基本時に黙って飲み、食べ、たまにエクイテスを揶揄った。夕食会は2時間程で終了。ほぼエクイテスとクリスティーナの結婚や今後の生活に関する話。
その間、アルベルティーナは一度も俺を見て笑わなかった。




