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愛、屋烏に及ぶ3

 結婚の単語に、私は叫んでしまった。クリスティーナが左手を上げて私に手の甲を見せる。左薬指に指輪を嵌めている。


「プロポーズされたの?」

「されてないわ。されなくても分かるもの。良くナンパされて困るし、おねだりしちゃった」


 悪戯っぽく笑うクリスティーナに軽い目眩がする。なんか、村にいた頃と雰囲気が大分違う。


「エクイテスさんはすっごく、すごく優しくて、私のことが大好きなの。お父さんのこともぼんやり覚えていたわ。マイクのことも。全滅しそうで必死だったのに、守ってやりたかったですって」

「は、はあ……」


 それは、騙されているのではないだろうか? クリスティーナの顔は赤らんでいて、熱っぽい。

 エクイテスがクリスティーナを騙してどうしたいのかは分からないけど心配だ。


「クリスティーナ、結婚ってマイクは? マイクは良いの? 彼も仕事の合間にたまに王都に来て貴女を探しているわ」

「マイクは良いのって、どういうこと?」


 クリスティーナが首をかしげる。


「姉さんこそ、新婚なのに妹探しで王都に上京なんて良いの? って、私のせいか」

「新婚⁈」

「もしかして、私のせいでまだ?」


 私はブンブンと頭を縦に振った。それから首を横に振る。


「戦争から帰ってこれたらマイクとクリスティーナは結婚する約束だったじゃない。どうして私とマイクなのよ」

「えっ? 娘さんを下さいって私? んー? 姉さん、誤解じゃない? マイクの態度を思い出してみて」


 頭が痛くなる。マルクの態度も何も「戦争から帰って来れたら義理の姉だな」と直接言われていた。


「まあ、どっちにしても私にはエクイテスさんがいるから。マイクなんて昔から興味無いし。生きて帰ってきてくれたのは嬉しいけど」


 辛辣な発言。クリスティーナはやはり変わった。こんなにハキハキ喋る子じゃなかった。


「姉さんはいつ上京したの? 仕事は? 私、結構有名人だけど、そんなに見つからなかった?」

「半年くらい前よ。南地区の服屋に住み込んで、縫製仕事をしてる。クリスティーナがまさか酒場なんかで働いているなんて思わなくて」

「酒場なんか? 署が近くて男も騎士も情報も集まる絶好の場所よ。姉さんは縫製仕事で東地区の私にたどり着くなんて凄いわね。服屋ってどんなお店? 姉さんが仕立てた服も売ってる? 私、買うわ。一気に仕送りしようと思っていたから、お金が溜まっているの」

「下街の若い女性向けのお店よ。そこそこ大きいから住み込み出来たの」

「なるべく早く、姉さんがお世話になっているお礼の挨拶をしないと」


 話がエクイテスとオルトからどんどん逸れていく。


「クリスティーナ、結婚なんて許しません。お父さんの……」

「お父さん、夢に出てきて笑ってくれたわ。もう復讐なんて止めようと思った時に、初めて夢で会えた。気がついたの。お父さんは私や姉さんが幸せになることしか望まない」


 クリスティーナが私の両手を取って握りしめた。


「姉さんは凄いわね。私と違って、私の心配だけをしてくれたなんて。見習うわ」


 初めはそうだったが、今は違う。そう口にする前にクリスティーナが喋り続ける。


「姉さんも王都で暮らすなら、村でお母さん1人じゃ何かと困るから、お母さんも呼びましょう」

「それなら、どこか大きい家を探しますか?」


 振り返ると、エクイテスが立っていた。手に紙袋を持っている。


「すみません、お母さんを呼びましょうから聞こえました」

「お帰りなさい、エクイテスさん」

「それにしても、まだこのベルを改良していない。やはり音を立てずに入れます」

「そういえば、随分前にもそのような事を言っていましたね」

「コルダさんに何度も忠告しているんですけど」

「向かいの鍛冶屋が目を光らせていますから大丈夫ですよ。コルダさん、面倒くさがり屋なんですよね」

「現に俺がやすやすと入れています」

「そりゃあエクイテスさんは騎士で私の恋人ですもの。鍛冶屋の親父さんはコルダさんから色々聞いてますから」


 クリスティーナが自分の隣の椅子を動かした。エクイテスが近寄ってくる。やはり、怖い雰囲気。


「お茶菓子を買ってきました」

「あら、ラヴェル菓子店。並んでくれたんですか? それにしては早いですね」

「あの店の店主と顔見知りになったので、融通してくれました」


 エクイテスがクリスティーナの隣に着席する。


「こほん。姉さん、こちらはエクイテスさん。市内警備隊の騎士で命の恩人で、私の恋人です。いえ、婚約者です」

「こ、婚約⁈」


 エクイテスの声が上擦る。


「違います? 結婚を前提とした恋人って、婚約者ですよね?」


 それは少し違うと思う。クリスティーナはニコニコしながらエクイテスを見つめている。楽しそうな表情だ。


「いえ、そうですが。まだお母上にご挨拶していませんし、お姉さんや義理のお兄さんにも」

「姉さんはここにいますよ。ほら、クリスティーナを妻に下さいとお願いして下さい」


 ハキハキどころか強引。強面と思ったエクイテスが動揺していて、気押されているように見える。


「クリスティーナのお姉さん、か……」

「可憐で可愛いなんて、エクイテスさんったら」


 クリスティーナが「きゃあ」とエクイテスの頬を掌で押し付けた。

 本当に、この子は誰だろう? 私の知る妹とは随分違う。見た目も声も確かにクリスティーナなのに。


「ああ、エクイテスさん。姉さんはマイクと結婚していませんでした」

「そうなんですか? それってもしかして……」

「父や本人の勘違いみたいです。なので私の家族はお母さんと姉さんと、これからはエクイテスさんです。おまけでオルトさん」


 おまけ、のところからクリスティーナは膨れっ面になった。不機嫌そうな顔。

 エクイテスがチラリと私を見た。無表情で、何を考えているかサッパリ分からない。


「姉さん。運命って複雑ね。命の恩人で一生を共にする人と、小憎たらしい男が兄弟なんて。試練だわ。お父さんと大鷲神様が、エクイテスさんに相応しい、心優しい娘になりなさいと試しているのよ」


 何だその理屈。クリスティーナは難しい顔で小さく唸った。エクイテスはそのクリスティーナを無表情で見つめている。


「クリスティーナ、命の恩人って?」

「窓から落ちたところを、助けてもらったの。私達の出会いよ」

「危ないので2度とあそこに座らないで下さい」

「はい」


 クリスティーナが嬉しそうに微笑む。見たことのない目付きや表情。甘ったるくて、自分の妹ながら可愛らしい。

 元々村1番の美人だが、王都に来て、村どころか王都でも中々見かけないくらい可愛いと知った。クリスティーナは母親似。私は父親似。妹同様、母親に似たかったとたまにそう思う。


「改めましてクリスティーナのお姉さん。彼女を幸せにするように全身全霊で努めますので、彼女を妻にすることをお許し下さい」


 淡々と口にすると、エクイテスは私に頭を下げた。クリスティーナがエクイテスをぼんやりと見つめた後に、耳まで真っ赤にして私に頭を下げた。


「再会したその日にこのような話、困ります。それも貴方は……」


 クリスティーナが「エクイテスとオルトは兄弟」と口にしたことを思い出す。兄的存在とも言っていた。義兄弟?

 それなのに……彼はあっけなく私を見逃した。私はエクイテスを見つめた。無表情なので感情が全然読めない。


(兄を矢で撃った私を逃したのは……クリスティーナのため?)


「姉さん、貴方は何? エクイテスさんのこと、何か知っているの?」

「貴方は、ではなく貴方のことを全く知りませんので簡単に許すなんて言えませんと言おうとしました」

「姉さん、お菓子食べる? まあ、チョコレートケーキ。姉さん、チョコレートって食べたことある? 凄く美味しいのよ」


 クリスティーナが袋から箱を出して、中身を確認している。話の腰が折れる。噂のチョコレートは気になるけど、今はそういう場面ではない。


「クリスティーナ」

「知らなくて当たり前じゃない。今さっき会ったばかりだもの。とりあえず、気を利かせてお茶菓子を買ってきてくれたことと、超人気店に顔が利くってことを知ったわね」

「顔が利くのではなく、以前あの店の息子さんをたまたま脅迫から助けただけです。仕事なのに、感謝してくれていまして」

「姉さん、もう1つ知れたわね。エクイテスさんは仕事熱心で謙虚なの」


 クリスティーナは自慢げ。


「貴女がいると話にならないわ。少しエクイテスさんと2人にしてちょうだい」

「嫌よ。姉さんがエクイテスさんに惚れたら大変。姉妹喧嘩勃発だわ」

「惚れません」

「それは見る目が無くて心配になるわ」


 頭が痛くなってきた。


「少し出ましょうか。クリスティーナばかり話すようなので」

「そうしましょう。お願いします」


 1度は見逃したけど、何かされるか、言われるのかもしれない。

 不機嫌になったクリスティーナの頭をそっと撫でると、エクイテスは席を立って私達から離れた。カウンターから皿とフォークを持ってきて、チョコレートケーキを箱から出す。


「ありがとうございます」

「少し散歩してきます。傷の治りが悪くなりますから、あまり動かないようにして下さい」

「はい。エクイテスさん、姉さんをよろしくお願いします」


 クリスティーナは素直に微笑んだ。それから私を見て「惚れないでね」と歯を見せて笑った。

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