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策士、策に溺れる

ザッと最後まで書き終わっています。よろしくお願いします。

【半年前】


 私は歯を食いしばり、両手を握りしめた。午前中父の骨が納められた棺を墓地へ埋葬し、昼からは母や姉と共に、自宅で参列者達をもてなしていた。

 井戸水を汲みに行こうと家の裏口から出た時、父の友人ハンスと、彼の前に立つ息子マイクの会話を聞いてしまった。

 心臓が爆発しそうなくらい嫌な音を立てている。


「囮?」

「そうだ。敵小隊を引きつけて爆破。俺に渡された鞄に火薬が入っていたんだ。俺が足を怪我して置いていかれて、その時エリオットさんが代わりに鞄を……」


 私は自分の体を抱きしめた。震えが止まらない。


「俺達を引き連れていた王都の騎士が離れて、エリオットさんの持つ鞄に火のついた矢を……」


 足からみるみる力が抜けた。戦場から家へ帰ることのなかった父の最後。父だけではない。同じ村から幾人もの男達が出征して、帰宅していない者はまだまだいる。

 足を怪我した幼馴染のマイクは戻ってきた。彼は何も悪くないのに「おじさんを守れなかった。すまない」と私達家族に謝ってくれた。

 けれども、マイクは戦場について、父の最期について何も語らなかった。憔悴しきった表情のマイクに質問するなど誰も出来なかった。母も、姉も、私も。


(許さない……)


 私は震える唇を噛んだ。胸の真ん中でパチリと音が弾ける。

 パチパチ、パチパチと鳴り始めたそれは、炎になって燃えていく。

 まぶたの裏に、紅蓮が咲き乱れる。私はますます自分自身を強く、強く抱きしめた。


(父に火を放ったなんて、絶対に許さない……)


 身を縮めると、私は声を押し殺して、涙をポロポロ流した。



【半年後 ゴルダガ王都】


 山脈沿いに造られた王都の繁華街で3番目に賑やかなのは、ポレール通り。

 その通りの右側、5番目にあるのコーラリアム酒場。

 山の下なのに人魚の看板を掲げているこの店は、魚料理、特に白身魚のタルタルフライが名物。

 朝から昼までは隣のパン屋と共同でお弁当を販売。一旦店は閉まり、夕方から深夜23時までは酒場という営業スタイル。夕方から数時間は酒場というよりはレストランに近い。

 夜が深くなるほど酒場らしく騒がしくなるが、それまでは家族連れや女性客、デート客も数多く訪れる。

 早くて11時、遅くても12時には弁当が売り切れて後片付けをする。それが今。これから夕方まで休憩。箒を握りしめて、私はため息を吐いた。


(上京して半年か。住み込みで働けることになったこの酒場を中心に情報を探しているけど、オルトもエクイテスも見つからない。名前すら聞かない。馴染み客の騎士達の知人じゃないようだし……)


 足を止め、手を止め、窓の外へ視線をずらす。今日はどんよりした曇り空。まるで自分の心のような天気だな、と自嘲する。

 マイクにしこたま酒を飲まして聞き出した上官の名前。「オルト」と「エクイテス」の2人。

 オルトは「召集兵にも優しくて気さくだった」らしい。エクイテスは「恐ろしい雰囲気で近寄れなかった」という。

 どちらかなのか、どちらもなのか知らないが、葬儀の日の会話からすると2人とも「王都の騎士」なのは間違いない。

 ヒントはそれだけ。

 どちらが父の持つ鞄に火を放ったのか、愛する父の命を奪ったのか。


(今夜は貸切だから、うんと騎士が沢山来るけれど……。オルト、エクイテスは現れるかしら……)


 酔っ払いに尻や胸を触られることがあっても、ホールで営業スマイルを振り撒いてきた。

 また来て下さい。コーラリアム酒場をご贔屓に。市内警備お疲れ様です。いつも市民の為にお勤めありがとうございます。

 若者から壮年、引退間近の騎士、1人でも多くの騎士に好かれて雑談出来るようになるまで、毎日毎日笑顔を作ってきた。

 その甲斐あって私は「コーラリアム酒場のマーメイド」と呼ばれる看板娘。

 店主コルダと店主夫人アメリアからの評価は良いし、騎士の1人に「クリスティーナちゃんがいるから、新たに任官される隊長補佐官の歓迎会はこのコーラリアム酒場で行う」と言ってもらえた。


 王都を守るのは王宮騎士と、その下部組織の市内警備騎士隊。市内警備騎士隊は全部で6部隊あって、第1から第3部隊は上位部隊。第4から第6部隊は下位部隊。

 今夜、コーラリアム酒場を貸切にしたのは第5部隊。評判が良ければ、他の下位部隊も何かしらの会でコーラリアム酒場を利用してくれるかもしれない。

 この店は市内警備騎士隊の中央署とかなり近い。そういう店を選んだ。

 下位部隊を調べ終わったら、市内警備部隊が募集する事務官になるつもりだ。そうすれば下街の酒場には滅多に現れない上位部隊の騎士達とも接点が持てるだろう。

 事務官になるために、仮眠の時間や夜の睡眠時間を削って日々、勉強している。働く為にも必要だったし、読み書きから始めて猛勉強した。

 父の川漁の手伝いや家事をして暮らしていたから、王都での暮らしはこれまでと180度違う。

 問題は王宮騎士。貴族や戦争の英雄が務める王宮の守護兵。どうやって彼等にお近づきになれば良いのかは、未だに方法が浮かばない。

 

「クリスティーナ、今日はいつもより混んでいたから疲れたかい?」


 声を掛けられ、振り返る。店主夫人のアメリアが、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。手にバスケットを持っている。毎日与えてもらえる、私のお弁当。

 今日の中身はなんだろう? 昨日は薄いサラミとチーズのサンドイッチにアボガドのサラダだった。

 このお弁当は、上京してからの私の唯一の楽しみ。

 朝はスープのみだし、夜は疲れ果てて客が残したものをつまむ程度。しっかり、ゆっくりと堪能出来る食事は昼食だけだ。

 楽しみは唯一ではないか。

 たまにする、コルダやアメリア、同僚達との世間話は楽しい。しかし、それ以外では、私の心は真冬の井戸水のように冷えてしまっている。


「いえ。すみません。すぐに掃除の続きをします」


 軽く頭を下げて、両手で箒の柄を握りしめた。


「代わるから良いよ。今夜は昼より更に忙しくて、それでいて騒がしくなるだろうから、早めに休みな」


 はい、とバスケットを差し出され、代わりに箒をそっと奪われる。

 私はバスケットを受け取り、会釈をした。


「ありがとうございます。では、先に休ませていただきます」

「今夜はよろしく頼むよ! あんたが働いてくれるようになってから儲かっててね。いやあ、無理して雇ったけど、花は大切だ」

「花だなんて、ありがとうございます」


 ホールから廊下、それから自室へ向かう。店の2階の更に上、屋根裏部屋が私の部屋。

 換気のために開けていた窓のヘリに腰掛けて、膝の上にバスケットを置く。

 中身はなんと、豪華なことにソーセージが丸ごと入ったホットドッグとトマトのマリネだった。


(美味しい……)


 ポレール通りは昼も夜も賑やか。鍛冶屋に露店、八百屋に魚屋に粉屋や調味料専門店にレストランや酒場が入り乱れている。

 行き交う人々をぼんやりと眺めながら、ホットドッグにかぶりつく。

 通りの向こうから、馬に乗った騎士達が進んできた。市内警備隊の巡回だ。巡回時間が変わったらしい。

 騎士なんて大嫌い、と私は食べかけのホットドックをバスケットに戻した。

 ポタリ、と頬に水が落ちてきた。空を見上げる。雲は分厚さを増して、灰色が深くなっている。ポタリ、ポタリと雨が降ってきた。


「そこの窓辺のお嬢さん!」


 凛とした低い声が通りに響く。窓辺? 自分? と顔を下に向ける。右斜め前方に、こちらを見上げる黒毛馬に乗った騎士がいた。

 他の市内警備隊とは違い、肩に黒羽の飾られたショートコートを着ている。


「落下したら怪我をします! そこから下りて下さい!」


 騎士に指摘された時、膝の上から外へバスケットが落下した。膝を立てて手を伸ばす。私の手はバスケットを掴めず空を切った。


(あっ……)


 ケーシングに立てた膝が、服のせいか体勢のせいか滑ってしまい、体が窓の外へ飛び出る。


(落ちる)


 いや、落ちた。地面にぶつかる衝撃を覚悟して目を思いっきりつむり、歯を食いしばる。


「ヒヒイイイン!」


 馬の鳴き声。蹄の音。


「サー・エクイテス!」


 エクイテス? 男の叫びに耳がピクリと反応した。

 カッと目を見開いた時、何かに背中を引っ張られ、胸元がグッと苦しくなった。

 視界がすごい速さで横移動していく。目の前には石畳。混乱していると顔と石畳に距離が出来た。何かに持ち上げられている。


「命は尊い。これに懲りたら2度と危険な場所に座らないことです」


 気がついたら、アメジストのような瞳が私を見つめていた。馬の上だ。黒毛馬。黒羽コートを着た黒髪青年の前に座らされている。

 マイクと同い年くらいの、隼のような顔立ちをした若い男。日焼けした肌、その左こめかみに赤紫色をしたケロイド様の傷跡がある。

 いつの間にか激しくなっていた雨で、彼の顔はずぶ濡れだ。無表情で、ジッと私を眺めている。


「さすが補佐官!」

「サー・エクイテス!」

「すげえ!」


 喧騒がボヤボヤした音になって耳に入っていく。サー・エクイテス、市民達から賞賛が巻き起こっている。


(またエクイテスって聞こえた……)


 私は目を見開き、目の前の青年の顔を凝視した。この男がエクイテス。私の大好きな父に火を放った……。


(見つけた……)


 私は彼のがっしりとした首にそっと両手を伸ばそうと指に力を入れた。


(許さない。絶対に……)


 見つけ出して、殺してやろうと思っていた。このまま首を締めてやる。しかし腕は上がらない。手が震える。人を殺すなんて恐ろしい。

 覚悟がないのは憎しみが足りないから? 父への愛が小さいの?

 こんな逞しい男を、私のような力のない女の手で絞殺するなんて無理だ。オルトという男も探さないとならない。

 いや、これは絶好のチャンスだ。やはり殺して……。こんな大勢の前で? 殺すとしても日を改めるべきだ。

 

(命の恩人……。命は尊いって……)


 それなら何故父を捨て駒にしたの? 貴方ではなくてオルトという男? 

 心臓がめちゃくちゃな音を立てている。私は混乱しながらエクイテスの顔を見つめ続けた。彼は何も言わない。無表情のまま私を見下ろしている。


「すみません。冷たいでしょう」


 エクイテスはそう言うと、コートを脱いで私の頭の上にかけた。


「ありがとうございます……」


 ん、という短い返事。エクイテスは馬を店の前まで移動させ、私を馬から下ろした。軽々と体を持ち上げられたことに驚く。


「ああ、この店は確か今夜の。そのコート、乾かしておいてくれると助かります」


 そう言い残すと、エクイテスは馬を蹴った。


 遠ざかっていくエクイテスの背中を、私はぼんやりと見つめ続けた。

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