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201X年 春
「おまたせー!」
「大丈夫、委員会時間かかるんでしょ?」
「そうそう。新入生に仕事教えるの大変でさー。」
2人の少女の頭上にある桜の木は、既に散ってしまっていた。
「今年も葉っぱの前で集合写真だったね。」
1人の少女は少し寂しそうに笑うと、ベンチに腰かける。
「なんで座るの?」
「んー?天気もいいし、ちょっとのんびりしようよ。」
ゆっくりと、もう1人の少女も隣に座る。
校庭からは、昨年全国大会に出場した軟式テニス部の新入部員の声が聞こえる。
西宮高校は部活動が盛んだ。運動部だけではなく、文化部も大半が大会でいい所まで進む。
「美術部は何人入った?」
「まだ確定はしてないけど5人くらい。」
「今年は少なめだね。」
部活の話になると、二人の間で話が弾まないことを美術部の黒山小豆は知っていた。話題を変えようと思い、別の話を切り出す。
「高木バイトは?」
「今日は休み!だからゆっくりできる。」
やっとだよー、と伸びをする高木真由は半年前からファミレスでバイトをしている。人と話すことが得意な真由は、面接当日履歴書を忘れたもののアルバイトとして採用されたらしい。
小豆と真由は同じクラスになったことはない。しかし、真由のバイトがなく、小豆の部活がない時は必ず一緒に帰るほど仲が良く、他の友人たちから不思議がられていた。
取り留めもない話を続けていると、軽快な音を立ててスマホが鳴る。
「ごめん、バイト先からだ。」
「聡くんが熱出しちゃって急遽行くことになった!」
「聡くん、って、あの弟?」
そうだよ、とスマホをいじる真由は、せっかくの休みがなくなってしまったことに不服そうなものの、元気よくベンチから立ち上がる。
「黒山も来てよ。」
「私はファミレス向きの人種じゃないから。」
「それは知ってるけどー。」
真由に続き立ち上がった小豆は、スカートに着いた砂を払った。桜の木の下を通り、別れを交わした後、2人はそれぞれの帰路に着いた。
夜の町にチャイム音が響く。
時刻は21時過ぎ。真由と小豆が別れを交わしてから、5時間が過ぎていた。
「真由でーす。」
「こんな時間に、どうした?」
ガチャ、と音がして、子機の音声電源が切られた。
パタパタと走る音と共に、背が高い青年が出てくる。
「何かあったか。」
青年の顔には焦りが見られるが、真由は落ち着いて答えた。
「聡くん熱出したって聞いたから、プリン買ってき
た。」
「毎回いいのに。てか、もっと早く来いよ。」
「聡くんの代わりにバイトだったんだもん。」
『鎌田』の表札を眺めながら、疲れた、とあくびをしながらビニール袋を突き出す真由に、鎌田智也は申し訳なさそうに礼を伝えた。
夜風で2人の髪がなびく。
4月の夜はまだ寒い。智也は真由を家に招こうとして、思いとどまる。いくら幼なじみであろうと、真由も智也も、そして聡も、お年頃の学生だ。真由はどうせ何も気にしちゃいない。むしろ、泊まりたいだの言い出すかもしれない。そうなったら最後、智也は
「手出さねぇ自信ないわ。」
「え?なに?」
思わず智也は口を抑える。しまった、とは思ったが、この様子だと真由には聞こえていなかったみたいだ。
「夜遅いから送る。」
「いいよいいよ、聡くん1人にしちゃダメでしょ。」
「大学生にもなって弟の看病してないって、勝手に寝て
るし。」
「優しくないね。」
「お前は姉貴に恵まれすぎなだけだよ。」
「それはそうだけど!」
真由は姉のことを自慢したくてたまらなかった。しかしそんな時間はない。智也も真由も、明日は学校がある。
結局、できるだけ明るい道を通って帰る、という約束で真由は1人、家路に着いた。
夜道を歩く真由の後ろ姿を、智也は愛おしそうに見つめた。