§4物足りない男
七海と黄川田はそれから何度か会い、映画を観たり食事をしたりとデートを重ねた。七海にとっての彼は落ち着く場所であり、自分を包み込んでくれる存在だった。ただ、恋人として考えると、物足りなさを感じていた。
一方、黄川田にとっての七海は一目ぼれした女性であり、初めてデートをする相手であった。彼は中高とゲームヲタクで、女子との交際経験はゼロだった。
「わたしの事を梅枝さんじゃなくて、七海と呼んでください。わたしも肇さんと呼びますから。」と言うと、彼は照れ臭そうに微笑んで、
「呼び付けは良くないよ!相手を尊重して、七海さんと呼ぶ事にするね。」と言った。
「良いですけど、いつかは七海と呼び付けにしてください。今日は、肇さんの恋愛経験を訊かせてほしいな。そしたら、わたしも話しますから。」
私は軽い気持ちで訊いたのに、彼は真剣な表情になって押し黙っていた。
「今まで好きになった子はいないんだ。周りの女子を見ていると、男に媚びを売るような子ばかりで、好きになれないんだよ。」と私は自分の事を言われたようで、
「ごめんなさい!わたしも失格だ!」と謝った。すると彼はあわてて、
「あっ、そうじゃなくて、梅…七海さんは違うよ!しっかりとした考えを持っているし、自分の信念に基づいた行動をしているよ。御両親の教育が行き届いている。」と言い繕っていた。まさか御両親の教育が出て来るとは思わなかった。
「わたしは人に流されやすくて軽率で、肇さんが思っているような良い子じゃありませんよ!両親に逆らったり、人を不快にさせたり、優柔不断なんです。」
落ち込んでいる私を見て、傷付けたと思い込んで弁解を始めた。
「さっきは体裁ぶった言い方をしたけど、本当はモテないだけなんだ。顔も体型も不細工だし、おまけに根暗だから、女の子を好きになっても向こうが嫌がるんだ。」
「そんなに卑下する事はないです。肇さんはやさしくて、思いやりがあります。わたしは嫌がってなんていないし、こうして話していると癒されるんです。」
私たちは反省会のような会話を交わし合い、お互いを理解しようと努めた。私は話をしながら、高校の先輩の赤西亮伍と中学の同級生の白石冬馬の二人を思い出していた。目の前にいる肇さんは、赤西先輩の知的な言動と冬馬君の包容力を兼ね備えている男性だと思った。しかし、先輩のような下心は見えず、冬馬君のような熱烈なラブコールをするタイプではないと感じていた。
3月になって七海の両親が上京し、一緒に食事をしようと赤坂のホテルのロビーで待ち合わせた。そこには両親だけでなく、もう一組の家族が同席していた。
「パパの大学時代の友人の大田黒夫妻と、御子息の駿君だ。駿君は正慶大で司法試験の勉強中だ。」と紹介された。久し振りに親子水入らずで、食事ができると思っていたのに気が乗らず、話しにも加わらず、黙々と出される料理を平らげていた。デザートが終わると両親は、私と駿さんを残して飲みに出掛けてしまった。
「退屈だったでしょ!親同士が親友でも、僕たちは関係ないものね。」
「意図的に仕組まれた気がするんですが、何か聞いてます?」と彼に訊いた。
「お見合いかな?古臭いやり方だけど、僕たちを引き合わせようとしたみたい!」
私はあきれてしまい、何の罪もない彼に食い下がっていた。
駿は七海を気に入ったらしく、否応なしに連絡先を聞き出して別れた。翌日七海は両親に怒りをぶつけたが一蹴され、父親の仙台への転勤を聞かされた。




