〈9〉空飛ぶ船
「バロン、こんなひとめのあるところで。早くカバンの中に戻って」
「いいや、窮屈だ。それに、もうすぐ本格的な出航だ」
「どういうこと?」
「御嬢さん」
「わっ」
突然の男性の声に驚いて、バロンを抱きしめるしずく。
しずくに声をかけたのは、白い制服のセーラーだった。
セーラーは、バロンをちらりと見ると、まるでなんでもないかのようにしずくを見る。
「驚かせてすまないね。水色の髪をした女の子を見なかったかな?」
「え」
大きくまばたきをしたセーラーが、耳元に手を当てる。
「え、あ、はい。部屋に戻ってる?ああ、はい。了解です」
「えっと、あの・・・」
「あ、いえ。ご心配にはおよびません。迷子を探していたんです。見つかりました」
「あ、はい・・・」
「よい、旅を」
しずくは会釈をして、溜息を吐くと、手の中のブローチを見る。
赤、青、黄色の小さなハートが集まったのクローバーのブローチだ。
ラウンジには旅の楽隊がいた。
どうやら楽器の手入れをしながら、雑談して、そろそろ予行練習らしい。
「はぁ・・・これからは、自由に出歩ける」
「もう、出てきても平気なの?」
「ああ、もう安心だ」
バロンが楽隊を見つけて、声をかける。
しずくは、バロンを追いかけて楽隊のもとへ。
「しずく、旅の門出にちょうどいい。あの歌を歌っておくれ」
「なんのこと?」
「『ザ・ローズ』を聞かせておくれ」
「ええっ、無理無理無理無理っ」
両手を振り使って拒絶するしずく。
面白がった楽隊たちが、前奏を始める。
「むーりーぃ・・・」
「しずく」
「わ・・・わかったよ・・・」
「本域で頼むよ」
「うーん・・・」
会話にあわせて特別長めにとってあった前奏から、歌へと入る。
その歌をしずくが歌った頃、客船はゆっくりととその胴体を上げた。
空にある魔法領国へと向かう客船は、浮島へと向かって飛翔し始めた。
【 ザ・ローズ 】
雨の日 は 傘 を 差して
外 に 出たい
風の日 は それを 感じ
髪 を なぜてたい
そんな日々 続けて たい
みな が しあわせ
あるひとは「愛している」と・・・
花の ような ひと
どうでも いい そんな言葉
だと 思って た
気づいたら 心 に しみて
どうか 残れ と
涙 出て 意味不明
いつ 戻る の・・・?
なんでも いい あなた が いれば
き ら め き ここに
どこ かが、イカレ て るのね
どうに か なって る のね
言いたいこ と が あるのよ
大好き いっぱい
正義も なにも ない
まもりたい・・・ただ それ だけ
きっと咲く 花 は 咲く
八重咲の 恋 の 花
【 歌い手/しずく 奏者/旅の楽隊 】
―――
―――――・・・
燦々と照っていたひより、客船は飛翔している間に夕闇へとまといを変えた。
甲板へ夜風をあたりに出たしずく。
しずくの肩にはバロンが乗っている。
スカートが風にはためいたが、おおきく膨らんでしぼんだ程度。
しずくは斜め掛けのカバンから古びた地図を取り出して、広げた。
「何度も、何度も、何度も見返したわ」
「ふむ」
「もしかしたら本当に存在しているのではないかと思ったら、はしゃいだのを思い出す」
「生前のお父上との思いでの品かね?」
「うん」
しずくは地図から目を離し、空を飛んでいる自分が不思議、とつぶやく。
船を使わなくとも、自分で空を飛べる魔法領域があったりするのだよ、とバロン。
地図を丸めてカバンの中に戻しながらしずくが言う。
「この地図には魔法がかかっていて、呪文を唱えると宝物のありかが分かるらしいの」
「ほう」
「きっと魔法領国にいけば、その呪文がなんなのか分かるわ」
「ほーう・・・魔法のかかった地図ですと?」
「あら、まぁ。お宝のにおい」
しずくは声のした方を見た。
そこには、高級な香水の香りをただよわせる獣人がふたりいた。
ひとりは巨乳に強調されたくびれを持つ、熟年のメス猫獣人。
もうひとりは、タキシードを着たほぼ人間の姿系統のオス猫獣人。
「魔法のかかった地図なんて久しいわ。少し見せてもらえないかしら?」
「あ・・・えーとっ・・・」
猫耳に、長いしっぽを持つほぼ人型系統のオス猫獣人がバロンを見つける。
「君もケモノビトなのかい?」
「いいや、しょうせい、魔法の借り物の身体でござる」
「え?」
しずくがバロンを見る。
「今まで黙っていてすまなかった。私の本体は、別の場所にある」
「どこに?」
「御嬢さん、魔法領国に行くのははじめてかい?」
おだやかな声でオス猫獣人は聞く。
バロンは斜め掛けのカバンの中に入る。
しずくはネコ獣人に返事を返す。
「え、えーっと・・・はい」
「少しなら見せてもいいと、しょうせいは思う」
「うん」
バロンの言葉に、しずくはカバンから丸まった紙を出し、それを差し出す。
それをしずくが開く前に、乱暴にかっさらったメス猫獣人。
マダム・キャットがにぃ、と笑うと、オス猫獣人がパチンと指を鳴らした。
空間に黒い穴が瞬時に現れ、風が吹く。
船の警報が鳴った。
「あたいの名は、ズーアイ。覚えておきたきゃ覚えてるといい」
ネコ獣人は丸まった紙を持って、空中に開いた穴の中に吸い込まれるように入った。
先に入ったのがメス猫獣人で、次が青年の姿のオス猫獣人。
オス猫獣人が指先でちろちろと挨拶をすると、猫耳の輪っかピアスが刹那光った。
「僕の名前はユーラ。ズーアイの息子」
甲板にセーラーが慌てた様子で走って来て、しずくに向かって叫ぶ。
「盗賊がでたぞーーーーーーっ、そこの君ぃ、離れるんだぁ」
「と、盗賊っ?」
不敵で妖艶な微笑をして、ユーラの姿が見えなくなった。
そしてすぐに、空中の黒い穴は吸い込まれた風と共に小さくなって消えた。
しずくの元にやってきたセーラーが言った。
「あの黒い穴は、別世界に行くための通り道なんだ。間違うとはさまれる」
「はさまれるとどうなるの?」
「潰れたまま出れなくなる」
「ええっ・・・」
しずくは黒い穴があった場所を見つめる。
「地図・・・」