〈8〉旅の始まりからしばらく
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・・・・
自転車に乗った郵便屋が、しずくの家へとやってくる。
自室で、カバンに衣類を詰めるため、吟味しているしずく。
郵便でぇす、と声がして姉が対応、すぐに玄関の閉まる音がする。
「お手紙の季節ねぇ」
イスに座っている母の元へ歩きながら、姉が言う。
「だいたいは母さん宛てのと、わたしの元彼から」
自室からリビングにやってくるしずく。
「私宛のは?」
「何枚かあるよ~・・・・・・ゼロって子からのはぁ・・・ない」
「ああ・・・そう・・・」
テーブルの上にいたバロンが言う。
「詳しいことは言えないが、彼の里の決まりで手紙が出せないらしい」
「手紙くらい、いいじゃないっ」
「しょうせいに言われても、まかりとおらん」
「分かってる・・・八つ当たりしてごめん」
「お気になされるな」
「とうとう、今日が来ちゃったわねぇ~」
しずくは自室に戻る。
姉の声が聞こえた。
「お花屋さんには挨拶に行った方がいいのかしら?」
「しずくのしたいようにさせればいいのよ」
「ちょっと、しずくと話してくる」
自室で泣き出したしずくの頭をぽんぽんと撫でる姉。
「家のことはわたしに任せときな」
しゃくりあげながらも、うなずくしずく。
また姉の手が、ぽんぽんとしずくの頭を撫でた。
――
―――・・・昼近く。
玄関先で、行ってきますの挨拶をするしずく。
母と姉が見送ってくれる。
しずくは振り向かないように意気込んで、里をあとにした。
バロンを連れて。
――――・・・
――
定員千五百人の客船が、出航した。
その船の中に、しずくとバロンも乗っている。
ラウンジにいるしずくは、注文した飲み物を受け取って、気まぐれに選んだ席に座った。
カバンの中にいるバロンに、しずくはそっと話しかける。
「もう三度目の港ね」
「この出航で、魔法領国行きさね」
しずくはぱちくりして、隣を見る。
そこには、カクテルをあおっている水色の髪の美少女。
しずくは、少し年下だろうか、と思った。
「いつの間にいたの?」
「いいのいいの」
「カクテル飲んでるのっ?」
「ノン」
「ああ、ジュース?」
「ノン」
「ん?」
「カクテルジュース」
「ええっ?」
「なに、このこ・・・」
「何歳?」
「言わない」
「わたし、しずく」
「ああ、名前?」
「そう。あなたは?」
「言わない」
しずくは苦笑。
「少しムカつく」
思わず笑い出す水色髪の美少女。
「なんだか、ひとがよさそうなひと」
「ああ、ありがとう」
水色髪の美少女は、いい席に座ってるなぁって思って、と言った。
良かったら隣に座ったら、としずく。
素直に隣に座り、水色髪の少女は口元を上げた。
「あんたは、なんでスカートにズボン合わせてるの?」
「ああ、また聞かれた・・・」
「わたし、何気に流行作ってるんだけど?」
「そうなんだ」
「あなたが考えたの?ワンピースにズボン」
「そう。ファッション的にも、実用的にも、旅にはいいかも、って」
「へぇ~・・・ほうほう。実用的にも・・・」
残っていたカクテルジュースを口にする水色髪の美少女。
「わたし、魔法使い。国に帰るところ」
「そうなの?どんな魔法が使えるの?」
「いいの、いいの。言わないの」
「ああ、なんだ・・・」
「でも、そのファッション広めるから、教えてあげることがある」
「ん?なぁに?」
「もうすぐ魔法領国に入るけど、市場に行くんだったら、裏路地で服を買えばいいよ」
「市場には行くつもりだけど、裏路地って・・・危なくない?」
水色髪の美少女は、自分がつけているブローチをおもむろに外す。
そしてそれを、しずくに示した。
「これをあげる。旅路、つけておけばいい」
少し警戒するしずく。
カバンの中から、バロンが現れる。
そして少女とブローチを見て数秒後、ほう、と感心した。
「これは、かなり上物の『お守りもの』」
「そう。これを付けていると、色々と便利だと思うよ」
「もらっておくといい」
「もらっていいの?」
水色髪の少女は、しずくにブローチを手渡した。
「魔法使いが作った服と、合わせるといいよ」
「市場の裏路地・・・」
ブローチから水色髪の美少女に目を移そうとすると、視界に見当たらない。
「消えた・・・?」
バロンがテーブルの上に座って、足を組んだ。
「また、魔法使いに出会う機会がありそうだ」