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バロンの物語  作者: 月島雫
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〈6〉ゼロの帰郷 


 ぐっと固唾を飲むと、極力気持ちをおさえてしずくは言った。



「わたし・・・今、あなたと・・・したい」



 仰天したゼロは数秒動きを停止していたが、何度かうなずいた。



「こい」


「つれていってくれるの?」


「それはできない・・・お前と今、するから。こっちこい」



 しずくは一歩踏み出して、荷台のゼロに両手をのばす。


 ゼロはしずくに熱烈なキスをして、そしてしばらくしずくを抱きしめていた。


 耳元で言う。



「必ず、また会おう」



 運転席にいる男が窓から顔をだす。



「船の時間に間に合わなくなるぞーっ」



 ゆっくりとしずくへの束縛を解くゼロ。



「きっと、だ」



 ゼロは運転席部分の屋根を叩いた。


 軽トラックが出発する。



「しずくーーーーーー、愛してるーーーいつか俺の名字になれーーーっ」



 走って行く軽トラック、しずくに叫ぶゼロに叫び返すしずく。



「白薔薇探しに、旅に出てやるんだからーーーーーーーーっ」


「反対はしなーいっ。手紙、毎日書くからなぁーーーっ」


「バロン、大事にするからーっ」


「愛してるーーーーーっ」


「私もゼロのこと、愛してるーーーーーーーーーーーっ」



 * * *

 


 しずくの家。


 物音がした気がして、玄関を開けて辺りを見てみるしずく。


 静かに扉を閉めたところに、姉が通りかかる。



「手紙、来ない・・・」


「まだたって、三日でしょうに・・・あら、なにこのネコのお人形?」


「ゼロからもらった」



 テーブルの上に置いてあるバロンという人形の側には飲み差しのティーカップ。



「きれーい♪高く売れそうじゃん?」


「はぁっ?」



「かーらかーわーないのー」



 いつの間にかキッチンから現れている母に、姉が言う。



「冗談よ」


「もちろんよ。さ、昼ごはんにしましょう。しずく、お皿四枚・・・三枚・・・」



 そうくぐもったあと、ふらりとよろめく母。



「「お母さんっ?」」



 額に手を当ててそのまま倒れそうないきおいでふらついた母の身体を支えに入る姉妹。



「どうしたのっ?」


「気が抜けたっていうか、今更・・・」


「いいから、しずく、イス」


「寝室に連れて行ってちょうだい・・・」


「分かった」


「エプロン、とった方がいいんじゃない?」


「ベッドのとこで脱がすから」


「分かった」



 ふたりで支え、母を寝室に連れて行く。


 腰掛けたところでエプロンをとって、側に丸めて置く。



 横になった母は、はぁ、と息をつくと、そこで急に泣き出した。



「お、お、おとうさんっ、しんじゃったんだねっ・・・」



 姉妹の目が潤んでくる。



「お母さん・・・」



 泣きながら言う母。



「どっちか、鍋の火、止めてきて・・・」



 姉妹は目を合し、しずくがうなずいて丸めたエプロンを持って、キッチンへ。


 吹いている鍋の火を止めて、しずくは何度か深呼吸を繰り返す。


 そしてつぶやいた。



「お母さんって、平気なんだと思ってた・・・」



 しずくは溢れてくる涙を、指先でぬぐった。




 ――――――

 ――





 花屋を訪れ店主に挨拶して、店先へと出るしずく。


 浅いような深いような溜息を吐いて、かぶりを小さく振ると歩き出す。


 たむろしている男子達が、しずくを見つけた。



「手紙来てた?」



 しずくはかぶりを振る。



 栗の木と家との間の空間は、芝の張った庭。


 そこで、しゅ、しゅと音がするほどの速さで空中を蹴る練習をしているしずく。


 実践を思わせる我流の型で、架空の敵を相手する。



 そこにしずくの姉が、開けた窓越しに言う。



「しずくー、もうすぐごはん、できるから~」



「わかったぁー」



 しずくは息遣いで訓練を区切って、汗をぬぐう。



 家の中に入ってくるしずくに、姉が言う。



「あんたほんとに、本気なわけ?」


「小さい頃から言ってたじゃない」


「女の子がひとりで旅だなんて、何かを疑われそうじゃないのさ」


「着替えてくる」


「身体、拭いてきな。ぬるま湯用意してあるから」


「すぐ手伝う」


「分かってる。今日は母さんテーブルにはつけないって」


「寝室で三人で食べよう」


「ああ・・・なるほど」

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