〈5〉夢のあとつぎ
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喪服に身を包む、しずくと、その姉と、母。
父の葬儀が終わり、家に帰ってきて、母がぽつりと言う。
テーブルには白い花の花束が置かれている。
「しずく、お花屋さんから特別にってお花をいただいたのよ」
「ゼロの家のお花屋さんっ?」
「そう・・・」
目元をぬぐう母。
しずくは愛しげに、花束を抱きしめた。
姉「きっと、こういう風に弔ってくれるひとが家族以外にいてお父さん幸せだと思う」
しずくが「うん」と小さな声で言って、うなずいた。
「お花、飾るね」
「お母さん、ちょっと休むから」
「うん・・・」
寝室に入る母が、扉をしめたとたん、泣き声がする。
なんで私を置いて先に死んだのよぉ、と扉ごしに聞こえた。
痛々しげにその扉を見つめながら、姉がしずくに言う。
「遺体の検査官が、あの悪性の病ではなかったって。だからこれからは外出できるって」
「うん」
姉「うん、じゃないわよ」
しずく「え・・・?」
姉「会いに行ってきなさいよっ」
しずくははっとする。
玄関まで走り、そして自分が喪服であることに気づいて姉に振り向く。
「着替えた方がいいかなっ?」
「知らん」
しずくは「あ、あした・・・明日がいいかなっ?」とどもる。
姉「今っ、すぐっ」
しずくは勢いよく玄関を開けた。
「行ってきますっ」
しずくは喪服姿で、花屋に向かって走り出した。
花屋の側に停まっている軽トラックに、荷物を乗せて荷台に乗り込むゼロ。
そこに、しずくの声がする。
「ゼロ―――――――――――っ」
ゼロは弾かれたようにそちらに振り向く。
「しずくっ、会いたかったっ」
軽トラックの側に、ゼロの祖父が立っている。
「間に合った・・・」
しずくが花屋に到着する。
「ゼロっ・・・」
しずくが花屋の店主に気づき、勢いよく頭を下げて挨拶する。
「お花、ありがとうございますっ」
「しずくさんから会いに来たと言うことは、あの悪性の病じゃなかったんだね」
「はいっ」
ゼロ「じゃあ、しずくを抱きしめてもいいかっ?」
「えっ・・・」
数秒困って、しずくは両手を広げるゼロの胸の中にもぐる。
花屋の店主が言った。
「実は二日間、ぎりぎりまで期限を超えて待っていたんだよ。間に合ってよかった」
しずくがおどろいて顔をあげると、ゼロは有無を言わせずしずくにキスをした。
目を見開くしずく。
それを見て、車の助手席へと移動しはじめる花屋の店主。
ゼロ「じじぃっ、あいつをしずくにやってもいいよなっ?」
花屋の店主は、好きにしなさい、と言って助手席に移ると扉を閉めた。
ゼロは荷物から、『バロン』という名前のネコ紳士の人形をとりだした。
そしてそれから、古い地図。
その両方を、しずくに手渡した。
「地図・・・?」
「これを、しずくに、やるっ・・・」
「どうしてっ?」
「俺は・・・」
「里に帰って、どれくらいで戻ってこれるのっ?」
「分からない・・・言いたいことがある。ちょっと間をくれ」
「うん・・・」
「俺は・・・・・・・白い薔薇を、見たことがあるっ」
髪の毛がさかだつほど驚くしずく。
「今、何てっ?」
「里の決まりで、これ以上はあまり言えない。いつこっちに来れるかも分からない」
しずくは地図を広げる。
「このバツ印は・・・」
「白い薔薇のあるところだ」
しずくは「本当のことなのっ?」と言いながら、ゼロに振く。
「俺は、赤い薔薇があるなんて、知らなかった」
「何を言っているの?」
「だから来たんだ。ここへ。そしたらしずくがいた。だからここに戻ってくる」
数秒の、間。
しずくの目から、涙がこぼれる。
地図とバロンを抱きしめる。
「それは・・・本当なの?」
「信じがたいのは分かる。待っていてほしい」
「イヤよっ」
「他に男つくるのかよっ?」
「違うよっ、バカっ」
「バカって言うなっ」
「意味分かんないっ」
「待っていてくれ、って言ってるんだっ」
「いつまでなのか、言ってよっ」
「言えないんだっ」
「遊びじゃないよねっ?」
思わずカッとなるゼロ。
「俺は、本気でお前のことが好きなんだっ。信じろっ」
おっかなびっくりのしずく。