〈4〉幸せよ続け
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「お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんは、薬局にお薬貰いにいってるから。巡回のお医者さん、忙しいって」
「そうか・・・さっきも聞いたような・・・」
「いいの」
「うん」
しずくは、洗面器の水を変えに、部屋を移る。
父の咳の音が、扉ごしにも聞える。
風邪をこじらせたらしい。
おかゆを作っている母の側のシンクで、洗面器の水を変えるしずく。
父と母の寝室から、咳が聴こえる。
玄関の扉をノックする音。
「郵便ですよ~」
母「今、手、はなせない」
「わたしが出るよ」
小走りに玄関へと向かい、「はーい」と言いながら、扉を開く。
小さい頃に、好きです、と告白したことのある郵便屋のお兄さんだった。
今では名前もおぼろげだ。
「やぁ、しずくちゃん」
「ここらに戻ってきたの?」
「そうそう。ほら、郵便」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「俺の名前、忘れてねぇか~?」
「なんだっけ・・・?」
「あーも、はいはい。郵便屋さんのお兄さんでいいですよ~」
自転車に乗る郵便屋。
出発しようとしているところへ、しずくが言う。
「今でもあなたのこと、ちょと好きよ~」
「特別な嫌味言えるのは君くらいだよ~」
「意味、わかる~」
ははは、と言いながら、去っていく郵便屋さん。
それを何となく見送くると、手紙の宛て主の名前を求め手紙の裏を見た。
「え、ゼロ・・・」
しずくは何かの予感にかられ、玄関の扉を閉めた。
テーブルまで手紙を持って行って、イスに座ると深呼吸。
そして手紙の封を開け、おそるおそる中身を読む。
「しずくへ・・・お父さんの風邪が悪性だってうわさがたってる。
一度 挨拶に行きたかったけど、近づいたらいけないって。
もう少ししたら、里に帰らなきゃいけなくなった。
しずくには知らせておきたかったから。
俺はお前のためにまたここに戻ってくるから、
お父さんのこと間違ってもうらむなよな。
ゼロより・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言のままでいると、母がたてる料理の作業の音がした。
何か、かなものが落ちる音がした。
ごめぇん、また小鍋がおちたぁ、と母の声がする。
しずくはしばらく、テーブルに突っ伏した。
「こういう時に、会いたいよ、って・・・言ってもいいのなぁーーーっ」
母「しずくっ?」
号泣するしずく、来てくれた母が抱きしめてくれる。
しばらくして、えっえ、としゃくりあげる。
母が背中をさすってくれる。
「どうしたの?大丈夫よ、大丈夫よ、どうしたの?」
「な、なんも・・・なにも、いいの、なにも、なんでもない・・・から・・・」
「お父さんなら、大丈夫だから。どっちみち、ひとはいつか死ぬの。遅いか早いかなの」
「ごめんなさいっ。わたし、そんな物分り今ないっ」
「しずく・・・」
「なくなってしまったっ・・・」
「しずく、耳をすませば、だよ」
しずくは少し顔をあげ、母の顔を見る。
「『自分を信じなさい』?」
「なんだ、忘れてないじゃないの」
「いま、それが何を関係あるの?」
「好きなものを好きだと思えて、当然な自分に、誇りを持つこと」
「家訓がなんなの?」
「いいの、いいの。お母さんはその家訓を聞いて嫁にきたのよ」
「はじめて聞いた・・・」
* * *
しずくは父母の部屋に戻り、洗面器の水にひたしたおしぼりを父の額にのせる。
父の深いため息。
多少は冷たくなった、とまともなことを言う父に内心安堵するしずく。
ベッドの側に持ってきた、イスに座っているしずくが父に言う。
「お姉ちゃん、もうすぐ帰ってくると思う」
「うん・・・・・・あのね、しずく」
しずくは少し緊張した。
「はい」
「僕の夢の話を、楽しそうに聞いてくれるしずくを思い出したよ」
「まぁっ、緊張がいっきに途切れたわっ。わたし、今でもそれが夢なのっ」
「それ?」
「ラピスラズリの鉱脈っ」
「白い薔薇か(咳)」
「ああ、もう、興奮するからっ・・・」
「ごめんごめん(苦笑)そうか。しずくは僕の夢を継いでくれるかもしれない」
「わたし、将来白い薔薇を探すために旅に出たいんだ」
「うん、いいと思うよ」
「え」
コンコン、とノックの音。
しずくの姉が入ってくる。
「お父さん、しずく、ただいま。お薬もらってきたわよ」
しずく「うん」
父「(咳)ありがとうね」
姉「これで少しでも楽になるといいけど。しずく、お水持ってきて」
しずく「はーい」
席を立ち、部屋を出ようとするしずくに、父が声をかける。
「しずく。かどわかしに負けたらいけないよ」
しずく「え?」
父「(微笑)僕はもう長くはないようだ。死ぬ前の能力で、少し見えてしまった」
姉「なにを言っているの?」
父「お姉ちゃん、しずくが旅に出たいといったら、お母さんのこと頼むよ」
姉「はぁっ?」
父「婿をとりなさい」
しずくはそっと部屋を出た。