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バロンの物語  作者: 月島雫
4/17

〈4〉幸せよ続け



 ―――――

 ―――


「お姉ちゃんは?」


「お姉ちゃんは、薬局にお薬貰いにいってるから。巡回のお医者さん、忙しいって」


「そうか・・・さっきも聞いたような・・・」


「いいの」


「うん」


 しずくは、洗面器の水を変えに、部屋を移る。


 父の咳の音が、扉ごしにも聞える。


 風邪をこじらせたらしい。

 

 おかゆを作っている母の側のシンクで、洗面器の水を変えるしずく。


 父と母の寝室から、咳が聴こえる。



 玄関の扉をノックする音。



「郵便ですよ~」


 母「今、手、はなせない」


「わたしが出るよ」



 小走りに玄関へと向かい、「はーい」と言いながら、扉を開く。


 小さい頃に、好きです、と告白したことのある郵便屋のお兄さんだった。


 今では名前もおぼろげだ。



「やぁ、しずくちゃん」


「ここらに戻ってきたの?」


「そうそう。ほら、郵便」


「ありがとう、お兄ちゃん」


「俺の名前、忘れてねぇか~?」


「なんだっけ・・・?」


「あーも、はいはい。郵便屋さんのお兄さんでいいですよ~」



 自転車に乗る郵便屋。


 出発しようとしているところへ、しずくが言う。



「今でもあなたのこと、ちょと好きよ~」


「特別な嫌味言えるのは君くらいだよ~」 


「意味、わかる~」



 ははは、と言いながら、去っていく郵便屋さん。


 それを何となく見送くると、手紙の宛て主の名前を求め手紙の裏を見た。


「え、ゼロ・・・」


 しずくは何かの予感にかられ、玄関の扉を閉めた。



 テーブルまで手紙を持って行って、イスに座ると深呼吸。


 そして手紙の封を開け、おそるおそる中身を読む。



「しずくへ・・・お父さんの風邪が悪性だってうわさがたってる。


 一度 挨拶に行きたかったけど、近づいたらいけないって。


 もう少ししたら、里に帰らなきゃいけなくなった。


 しずくには知らせておきたかったから。


 俺はお前のためにまたここに戻ってくるから、


 お父さんのこと間違ってもうらむなよな。


 ゼロより・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 無言のままでいると、母がたてる料理の作業の音がした。


 何か、かなものが落ちる音がした。


 ごめぇん、また小鍋がおちたぁ、と母の声がする。


 

 しずくはしばらく、テーブルに突っ伏した。




「こういう時に、会いたいよ、って・・・言ってもいいのなぁーーーっ」




 母「しずくっ?」



 号泣するしずく、来てくれた母が抱きしめてくれる。


 しばらくして、えっえ、としゃくりあげる。


 母が背中をさすってくれる。



「どうしたの?大丈夫よ、大丈夫よ、どうしたの?」


「な、なんも・・・なにも、いいの、なにも、なんでもない・・・から・・・」


「お父さんなら、大丈夫だから。どっちみち、ひとはいつか死ぬの。遅いか早いかなの」


「ごめんなさいっ。わたし、そんな物分り今ないっ」


「しずく・・・」


「なくなってしまったっ・・・」


「しずく、耳をすませば、だよ」



 しずくは少し顔をあげ、母の顔を見る。



「『自分を信じなさい』?」


「なんだ、忘れてないじゃないの」


「いま、それが何を関係あるの?」


「好きなものを好きだと思えて、当然な自分に、誇りを持つこと」


「家訓がなんなの?」


「いいの、いいの。お母さんはその家訓を聞いて嫁にきたのよ」


「はじめて聞いた・・・」



 * * *



 しずくは父母の部屋に戻り、洗面器の水にひたしたおしぼりを父の額にのせる。


 父の深いため息。


 多少は冷たくなった、とまともなことを言う父に内心安堵するしずく。


 ベッドの側に持ってきた、イスに座っているしずくが父に言う。



「お姉ちゃん、もうすぐ帰ってくると思う」


「うん・・・・・・あのね、しずく」



 しずくは少し緊張した。



「はい」


「僕の夢の話を、楽しそうに聞いてくれるしずくを思い出したよ」


「まぁっ、緊張がいっきに途切れたわっ。わたし、今でもそれが夢なのっ」


「それ?」


「ラピスラズリの鉱脈っ」


「白い薔薇か(咳)」


「ああ、もう、興奮するからっ・・・」


「ごめんごめん(苦笑)そうか。しずくは僕の夢を継いでくれるかもしれない」


「わたし、将来白い薔薇を探すために旅に出たいんだ」


「うん、いいと思うよ」


「え」



 コンコン、とノックの音。


 しずくの姉が入ってくる。



「お父さん、しずく、ただいま。お薬もらってきたわよ」


 しずく「うん」


 父「(咳)ありがとうね」


 姉「これで少しでも楽になるといいけど。しずく、お水持ってきて」


 しずく「はーい」



 席を立ち、部屋を出ようとするしずくに、父が声をかける。



「しずく。かどわかしに負けたらいけないよ」


 しずく「え?」


 父「(微笑)僕はもう長くはないようだ。死ぬ前の能力で、少し見えてしまった」


 姉「なにを言っているの?」


 父「お姉ちゃん、しずくが旅に出たいといったら、お母さんのこと頼むよ」


 姉「はぁっ?」


 父「婿をとりなさい」



 しずくはそっと部屋を出た。

 

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