〈3〉オレンジ色の口紅
「え」
「本当だって」
「赤い薔薇なんて、そこらに普通にあるじゃない?」
むずかしい顔をするゼロ。
その表情を不思議そうにするしずく。
そこに「失礼しますよ」と言って店内に入ってきたのは、美女だった。
カウンターまで来ると、店の店主に言う。
「薔薇の花束を作ってほしいの。百本よ」
驚いて立ち上がるゼロ。
「ほーう」
カウンターの内側にいた店主も立ち上がる。
「ゼロは座って、しずくさんのお相手を」
「え、ああ」
少し残念そうに、そしてどこかほっとした様子でイスに座るゼロ。
女客は、ハスキーな甘い声で言った。
「かわいい恋人さんたちねぇ」
「ええっ?お姉さんのほうがかわいいですよ」
しずくの本音に、女客は驚いた。
「まぁっ・・・はっはっはっはっは」
美女の豪快な笑い方にびっくりするしずく。
「お姉さんの口紅の色・・・珍しい」
「新色だな。オレンジ」
「いいなぁ~」
「店主、そこの御嬢さんに・・・そうねぇ、この花を一本、贈らせてもらうわ」
「え」
「はいよ」
白百合の花をもいで、しずくの耳元に飾る美女。
「聖なる乙女に、お姉さんから祝福よ」
「ありがとうございますっ。わ~っ」
すぐに花にふれようとするしずくは、それをためらう。
「まぁ、贈りがいのある子ね。いい顔するわ」
しずくはゼロを見た。
「だってっ」
「うんうん、似合う。綺麗だ」
「ほんとにっ?」
「はぁ・・・ほんとにうちの白百合は綺麗だ」
「ちょとっ」
くつくつと笑う美女は言う。
「きっと、御嬢さんのことの比喩よ」
「できましたよ」
店主が声をかける。
おおぶりな花束はすでにラッピングされていて、美女は小計を済ませると店を出た。
彼女が手をふるので、ふわふわした気持ちで手をふり返すしずく。
夢見心地、そのままゼロを見る。
「あの口紅みたいな色の薔薇って、作れないかしら~」
「なんだって?」
「ラピスラズリの鉱脈よっ」
顔をしかめていぶかしがるゼロ。
ゼロは店主を見る。
店主は肩をすくめてみせた。
そこでまた客が来て、何人かが店に入って来た。
しずくは立ち上がる。
「そろそろ失礼しないと・・・お茶ありがとうございます。美味しかったです」
「はいはい。またいつでもいらっしゃい」
「はい。失礼します」
しずくは会釈すると、ゼロに手を振った。
「またね」
「え、ああ・・・うん」
でっぷりと太った男客が、ゼロに言う。
「うらやましぃねぇ」
「うるせーやい」
店の店主はゼロに言った。
「しずくさんは、お前と付き合いだして、喋り方がしっかりしてきたと思うよ」
ゼロは店先に急いで出る。
モザイク石の道を歩くしずくに声をかける。
「しずくー、送って行くか~?」
しずくが振り返りながら、手をふる。
「いいー、大丈夫~」
「今度会う時は、俺のこと君付けするなー。『ゼロ』って呼べなーっ」
「えっ」
ゼロは店先から店内にわざと入り、会話を区切った。
それに気づいたしずく。
周りにいた人々が、くすくすと笑っている。
「バカーーーーーーーーーーーっ」
恥ずかしい分思いっきり、叫ぶしずく。
側にたむろしていた、男子のひとりがしずくに聞こえるようにいう。
今度会う時は呼び捨てで~、と身体が平均よりふたまわりは大きな子が言う。
「うるっさいっ」
こわっ、と言うと、周りの男子たちが笑い出した。