〈1〉マロン
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ひとりぼっち おそれずに いきようと ゆめみていた
耳をすませば
* * *
「・・・」
万年筆でそれを日記帳にメモをして、赤毛を指先で弄う少女。
少女は木製の机の前面にある、窓の外をなんともなしに見た。
ふと、栗の木を見つめてしばらく。
「しずくー、今何しているの~?」
部屋向こうから聞こえてくる母の声に、しずくは少し大きな声を意識して言う。
「栗の木のイガイガを見ていたのーっ」
「ちょっと来てくれる~?おつかいを頼むわ~」
「はーいっ」
しずくは窓にカーテンを引くと、母の声のした方に向かった。
* * *
「このバスケットをお花屋さんに頼むわ」
「何入っているの?」
「イガイガよ」
「痛っ」
「ナフキンをかけておきましょう」
* * *
おつかいを頼まれ、バスケットを奥様持ちして花屋へ向かうしずく。
さくさくと歩く彼女に、通りがけのスーツの男が帽子を軽く上げて挨拶する。
「やぁ」
「こんにちは」
「今日はいい風が吹いているねぇ」
「いいことあるといいですね」
「お互いにねぇ」
男に会釈をして、行き先を見つめると、少し先に目的地がある。
そこは花屋で、観賞用の小さなカボチャを店頭へ運び出してきた少年が見えた。
しずくは不思議そうに首をかしげる。
「こんにちは」
「あ~、はいはい、ちょっと待って~」
「あなたは?」
カボチャにかまっていた少年がしずくに振り向く。
「手伝い」
「ああっ、どうも。これ・・・」
「ん?」
「えっと・・・栗・・・」
「栗?」
「栗・・・」
「なに、押し売り?」
「いえあのっ・・・これをここへ届けて来いって言われてきたのだけれど」
「ああ~・・・ちょっと待ってね。じーじーいっ」
「ファ~?」
「くーりーっ、女が持ってきてる~っ」
「ああ~、頼んでおったー」
花屋の店内から、姿をあらわす白ヒゲのこざっぱりした老人。
「あれま、てっきりお母さんの方かと。いらっしゃい。お茶でも飲んでいくかね?」
「いえ、ついでだって買い物も頼まれているので、今回は」
「では、またの機会に」
「はい・・・あ、あの、イガイガです」
バスケットを受け取った老人がにこやかに言う。
「こちらは孫でね。一時期と約束してあずかることにしたんだよ」
「あ・・・お孫さん・・・」
「どうも」
「どうか仲良くしてやっておくれねぇ」
「はい」
「仲良く、とか、何時代?」
「これこれ」
栗を店頭に置くことにしたらしく、老人はしずくに背を向けた。
「お前、名前なんていうの?」
思いっきり花屋の美少年にベロを見せて、態度を変えるしずく。
「んべーーーーーーっ」
少年がぎょっとする。
しずくは店主の老人がふりむく気配を感じ、居ずまいをただす。
「では・・・」
「ああ、ありがと~」
花屋の少年に、こぶりに手を振るしずく。
微笑までたたえている。
「また今度」
呆然とする花屋の店主の孫。
「ありえねぇ・・・」