6 客室棟は本日も戦場なり
小走りなメイドのあとに続き、メイド服よりも丈が長く裾が踝まであるチュニックを、リリアナは両手で持ち上げ脚丸出しで長い廊下を疾走する。もちろん絨毯を踏まぬように。
向かったのは客室棟離れの中央にある庭園。東西南北の建物に囲まれるように、緑や色鮮やかな花が目に眩しい。大きな池やガゼボが配置され、客室専用の庭とされている。
「あ、あちらですっ。まだ揉めているようですっ」
メイドが息をきらしながら指差す前方に、女性の集団があった。
「うわーぁ」
思わず出た本音を慌てて呑み込んで、いや間に合ってはいなかったがリリアナは表情を引き締めた。
メイドが速度を落とし立ち止まるので、リリアナはそのまま集団の前まで行く。
見ればその中のひとりは、昨日会ったばかりのオヴェストであった。昨日と変わらず本日も派手なオレンジ色のドレスを着ているが、オヴェストが向かい合う女性も真っ赤なドレスで、近いものがある。
昨日のうちに女官長と復習しておいてよかったと、リリアナは思わずにはいられない。赤茶色のウェーブかかった髪型は、南を割り当てられたスッド令嬢であった。
「スッド様、遅ればせながらご挨拶を。わたくし女官長補佐のリリアナと申します。以後よろしくお願い申し上げます。オヴェスト様、ご機嫌うるわしゅうございます。なにかわたくしにお手伝いできることがありますでしょうか?」
礼の形を取って、見よう見まねでとりあえず挨拶をしてみた。遠回しに「喧嘩の仲裁必要ですか?」と聞いただけなのだが。
リリアナに向けた令嬢達の表情は、まさに憤怒であった。どう考えても、仲良く雑談中だったとは思えない。残念ながら。
「リリアナ女官、この女をどうにかして頂戴っ、生意気なのよっ」
「あなたの方が情緒不安定じゃないのっ」
(わー、わー)
リリアナはテンションが駄々下がったものの、無表情をつとめた。
「どなたか、ご説明を」
グリンッと首を、呆然と突っ立ったままの侍女達に向ける。本人同士から冷静に話が聞けそうにないので、最速で諦めた。
見れば食事を乗せたカートもある。時間的に朝食なのだろう。
「あ、あの、たまにはお庭で朝食をと思いまして、こちらに来てみたのですが……」
「ちょうど同じタイミングで来てしまいまして……」
「いやですわ、こちらのほうが先でございましてよ」
「いえいえ、わたくしどもは昨夜から考えておりましたもの」
(あかん)
リリアナは益々無表情をかためた。
(本人達だけでなく侍女達まで険悪ではないか。それにオヴェスト様だけかと思ったら、スッド様まで勝ち気なタイプなのかいっ)
「まあ! 素敵ですね。お庭で朝食だなんて。確かに本日のように晴れ渡る空の下でしたら、小鳥の囀りを聞きながら、温かで甘い紅茶と、焼きたてフワサクの麦パンをより味わい楽しめることでしょうね。素晴らしい案でございます」
大袈裟なほどに言ってみれば、令嬢達も侍女達もハッとしたようだ。「温かい」と「焼きたて」を強調してみたが、しっかり拾ってくれたようだ。
「ああ、冷めてしまいますわ、お嬢様」
オヴェストの侍女のひとりが声をかければ、スッドの侍女も周囲を見渡し場所を見定めはじめた。なのに……。
「同じ場所でだなんて頂きたくないわっ」
プンッとばかりにオヴェストがそっぽを向けば、スッドも、
「こっちの台詞だわっ、本当に感じ悪い人ねっ」
と、ぶり返す。
(……なんか、王太子がここへ渡らない理由が、わからなくもないではないか)
リリアナはこっそりと、こめかみを指で揉みこんでから考える。
とりあえずこの場を、どうしたらいいものか。
しかし悩んでる時間などもらえる訳もなく、オヴェストとスッドは我先にとガゼボに向かって歩き出す。
「あ、待ってくださーいっ、オヴェスト様! ちょっと!」
慌ててオヴェストの前をふさいだ。
「邪魔よっ、おどきなさいっリリアナ女官!」
せっかくの美人が台無しの憤怒である。そりゃそうであろう。こうしてる間に、スッド軍団はどんどん先へ向かっていったのだから。
「オヴェスト様、サロンで食べませんか? 昼食にここを利用されるのとかどうです?」
「何故、わたくしが退かねばならないのよっ! 嫌よ、絶対に!」
リリアナはあえてワントーン落として囁いた。
「そうですか……せっかく、取れたて新鮮な王太子殿下のお話を、お伝えしようと思いましたのに……そうですか」
肩を落としオヴェストに背中を向けるようにして歩きだしたところで、声がかかった。
「ま、待ちなさいリリアナ女官。わたくしのお部屋にいらっしゃいっ。そこまで言うなら仕方がないわっ、聞いてさしあげてもよろしくてよっ」
(よっし)
リリアナは見えないようにニヤリと笑ってから、振り返った。
「え、いいんですかぁ? お邪魔しまーす」
**
当たり前だが、リリアナに与えられた部屋より5倍、いや10倍ほど広くて素敵な部屋であった。
客室棟内でも、4名の令嬢に与えられた部屋は特別仕様となっているのだろう。
「それで、ジルベルト様はどんな方がお好みですって?」
口元に運んでいたティーカップをソーサに戻しながら、オヴェストは横に立つリリアナをチラリと見上げた。
「ないそうです」
キッパリ言ったが、怒られるのが目に見えているので即座に付け加える。
「好きになったらその人が好みの女性、だそうですっ」
「……」
なんとなく、部屋の空気が張りつめている……と、さすがにリリアナも気付いた。 侍女達は完全に気配を消しにかかっている。だが、オヴェストは美人の迫力を最大限に利用した底冷えする鋭利な視線を飛ばしている。
「よくもまあ……そのようなちっぽけな情報のみで、自信ありげに、わたくしの前に立てますわね」
当然のことながら怒っている。
だがリリアナは、めげないのである。
「オヴェスト様……まさか、これがちっぽけな情報だと、そんな事をお思いなのですかっ」
むしろ、こっちがビックリだわぐらいの勢いで眉をしかめてみせた。
「あなた以外の誰もが思ったわよっ」
「とんでもない。オヴェスト様、よく考えてみてください。この情報まず、絶対に聞き出せないようなところから入手したのですよ?」
「あら、どこから?」
ピクリと、オヴェストの鬼のような表情が動いた。
「王太子殿下の、侍従長の、補佐からです」
「まあ!」
鬼から一気に華やかな令嬢の顔に戻った。リリアナはさらに押せ押せでいく。
「考えられますっ? そんな身近にもほどがあるところからっ、奇跡的に入手できたんですっ我ながらすごいと思ってますよ私はっ」
「それはすごいわ!」
「しかもですよ。殿下の好みは、ない。つまり、誰にもチャンスがあるということですよどうですかっ!」
「言われてみれば、そうよね!」
オヴェストは、ウンウンと頷く。
「わたくしと真逆の、地味で覇気のない女が好きだと言われたらおしまいだったわ」
派手で荒れ狂うパッションをお持ちであることは自覚あるらしい。
「あとですね、殿下の趣味も情報ゲットしましたよー」
「あら! なんですのっ?」
「殿下は、研究マニアらしいですよ。いっつも籠ってひたすら勉強することが趣味らしいです。根暗ですねきっと」
「なにをおっしゃるの。ジルベルト様が根暗だなんて、ありえないわっ。あんなに神々しいお方ですのに」
何かを思い起こしているのであろう、オヴェストはホウッとばかりに頬を染めている。
「あ、オヴェスト様は殿下にお会いされたことあるんですものね! どんな方なんですか?」
「それはもう、美しいのなんの。気品に溢れ紳士で物腰柔らかくて……。少しだけお言葉をいただきましたけど、その時に微笑まれたあの麗しさったら……ああ本当に素敵でしたのよぉ」
「え、想像と違うっ」
リリアナの中では、オットーからもたらされた情報で組み立てたイメージが、とてつもなく陰湿で神経質なものであった。
「そっかー、それはぜひ、拝んでみたいな」
(辞めるまでにチャンスあるだろうか……いや、無理だな)
なにせ仕事をどうこなすかで、いっぱいいっぱいであるのだから。