21 秘密
リリアナの近況は、ジルベルトと夜な夜な“洗濯キ”についての開発にいそしんでいることだ。
リリアナのフワッとしたイメージと、王子が以前作った“野菜洗い装置”を上手く融合させるべく、設計したり試作をしてみたり、堂々巡りで悩んだりと、時間がいくらあっても足りない。
リリアナはともかくとして、ジルベルトは王太子であるがゆえに、日中も激務のはずで、その体力気力にはリリアナも頭が上がらない。
さらには、この夜の時間はあくまで趣味であって、金儲けでも使用人達の為でもなんでもなく「好きだから」というだけでやっているのだ。
「ほんと、没頭を通り越して、もはや狂ってますね」
「ん?」
手元で歯車の調整を熱心にしていたジルベルトは、頭を上げた。
「なんか言った?」
「立派だなと思って。この集中力」
「そうだろ? お前はもっと俺を敬え、そして尊敬しろ」
「はいはーい」
リリアナは適当に相槌して、図面を睨む。
「やっぱサイズの問題がネックじゃないですか? 野菜と絨毯では別物ですもんね」
「でもお前のイメージはわりとハッキリしてたぞ。大きな布も洗えるんだろ?」
「うーん、たぶん」
なんとなく部屋で描きなぐったものである。頭の端のほうにこびりついている幻影を、はっきりさせたくて紙に描きだしてみたのだが、なぜこんな物のイメージが自分にあるのかも謎である。
「私、時々変な夢見るんですよねー」
リリアナは頭を捻った。
「夢だけじゃないけどな」
遠回しにジルベルトが揶揄する。
「なんか、別世界に住んでたみたいな、変な夢をよく見てたんですよ。最近はそうでもなくなったんですけど」
ジルベルトは、軽口を叩こうとして口を閉じた。ずっと手元に向けていた視線をリリアナに注ぐ。
「しかも随分、奇天烈なんですよ。文明が違うというか、種族が違う? うーん、上手く説明できないんですけど」
「……それは、夢か?」
「もちろんですよ。だって、私は生まれも育ちも、このマルクレン王国ですもん」
何故か押し黙ったジルベルトに、リリアナは焦る。
「わ、やっぱ変ですよね。ジルベルト様なら多少の変な話も、全然受け止めてくれると思っちゃって。なんせジルベルト様のほうがイカれてますからね」
「この国でお前だけだぞ、俺のことを軽んじてんのは。もはや尊敬するわ、誉めてないからな」
ジルベルトは釘を刺しつつ、続けた。
「他に、どんな夢見るんだ?」
変な夢に興味を持ってくれたジルベルトに、リリアナは嬉しくなった。
「例えばですね、私もうちょっと大人なんですよねー。髪の毛もストレートな黒髪で、これはきっと憧れが見せるんでしょーね。あと、結構夢に出てくるのは“デンシレンジ”っていう便利な箱で、食べ物をあっという間に温めるんですよ。火も鉱石も使わずにですよ? すごい都合のいい夢でしょ」
ジルベルトの瞳は明らかに強い興味によってキラキラと輝き、リリアナのそばへにじり寄ってきた。
「お前、すごいな。アイデアの宝箱だな」
あまりにも顔の位置が近くて、リリアナは思わず視線をあちこちに飛ばした。近距離で拝むには美しすぎる顔なのだ。いかに作業の過程で汚れがついていようとも。暗い部屋の中、発光石の明かりに照らされ輝く銀髪にすべらかな頬、腕捲りして露になる男らしい腕。物音ひとつしない小屋で、互いの呼気や気配だけがすぐそばにある状況で。
リリアナは意味もわからず胸を押さえた。
「あ、あとですねっ、一番驚くのが乗り物ですねっ」
動悸が漏れ聞こえそうな静けさを破るように、リリアナは声を張った。
「馬がどこにもいないんですっ。カッチカチの硬い塊に車輪がついてるんですけど、馬も人も引いてないのにすごい速さで動くんですよっ、すごくないですか? あの速さだと鉱石の大きさも必要だろうし、どーなってんでしょね、さすがフリーダムな夢ですよねっ」
「……乗り物、が?」
ジルベルトは大きな瞳を見開いた。驚くを通り越して、驚愕したかのように、固まったままリリアナを見つめる。
「そうですっ。あと車輪が2つで“バイク”って名前なんですけど、それも人が自力で漕いでる感じでもないのにビューンッて。あれは馬と競争させてみたいですよねー。今度、夢の中で戦わせてみようかな」
突然、ジルベルトが立ち上がる。リリアナが驚いて見上げると、ジルベルトは信じられないものでも見るようにリリアナを見下ろし、そしてウロウロと小屋の中を歩きだした。
「あれ? ジルベルト様?」
先ほどのように「宝箱か?!」と誉められると思ったリリアナは肩透かしをくらって、思案にふけって歩く王子をしばし見守る。
「どうされました?」
リリアナが王子の立ち止まったタイミングで声をかけると、ジルベルトはなにやら部屋の奥から籠を引っ張り出した。その中から黒い布に丁寧に包まれた何かを、大事に抱えて戻ってきた。
「なんですかそれ。まさか、似たような物、すでにつくってたりします?」
「いや……」
ジルベルトの反応は鈍い。取り出したものの、何か躊躇っている様子もある。
「ちょっと、怖いものとかやめてくださいよっ」
リリアナは警戒するように立ち上がって、いつでも出口へ脱出できる体勢になる。
「お前に見て欲しいものがあるんだ」
ジルベルトはその布に包まれたものを床に置いて、ゆっくりと丁寧に布を取り払っていく。
リリアナがゴクリと喉を鳴らすと、布の中にあったのは大玉の石であった。しかも、見たことのない色をしていた。
この国で取れるものや貿易で他国から仕入れる鉱石は、それぞれに強い特性を持ち特徴的な色をしている。
一般的によくもちいられる発光石は黄色がかっているし、燃料として使ったり熱伝導に強いものとして扱う石は赤茶色。電磁力に長けている石は、少し透明がかった青色。
しかし、ジルベルトが見せるそれは、黒に近いが紫色のようであり見たことがない上に、これほどの大きなものは普通ではなかなか手に入らない希少なものと言える。
「すごいですね、さすが、王家に伝わるお宝ってやつですか?」
「いや違う、少し」
歯切れの悪さを拭えないが、ジルベルトは一度リリアナを見上げてから慎重にその石へ手をかざす。
それからゆっくりと手のひらを当てるようにして石へ触れた。
リリアナは何事が起こるのだろうと、膝をついてその手元を前のめりで見つめる。
しかし、ジルベルトが撫でても、コンコンと指でノックしても、その石にはなんの変化も訪れなかった。
「なんだぁ、なんかあるのかと思っちゃったじゃないですか」
リリアナは妙に緊張した面持ちのジルベルトの顔を見て、つられていたのか胸を撫で下ろした。
ジルベルトも深々と、体中の溜まっていたものを出すように深く息を吐いた。
「やっぱり、駄目か」
ポンポンと軽く石を叩くと、脱力したように両腕を後ろについて顎を上げる。
「触ると、なんか変化があったんですか?」
リリアナは、その立派な球体を覗き込んでみた。ぼんやりとした自分の形が映る程度には、表面がツルツルとしているようだ。
指先でつつこうと、なんとなく人差し指で触れた、その瞬間。
一気に脳に流れ込む圧迫感に驚き、短く悲鳴を上げると、しりもちをつくように座り込んだ。
「どうした! 大丈夫かっ?!」
ジルベルトはさっきまでが嘘のように俊敏に立ち上がると、リリアナの横で背中をささえるように控えた。
「え、あ、だ、大丈夫です……」
「どうしたんだ?」
真横で真剣な表情で見つめるジルベルトに、リリアナは思わず嘘をついてしまった。
「いや、急に、でっかい虫が……」
「なんだよ、驚かせるなよ」
ジルベルトの気の抜けたような、ホッとした表情に、リリアナも表情を崩す。
「よし、もう今日はお開きにするかっ。宿舎まで送る」
そう言ってポンポンと肩を叩かれ、リリアナは慌てた。
「え、あ、いやいいですよっ、ひとりで帰れますから。ジルベルト様、まだ組み立ての途中じゃないですか」
「そうは言ってもだな」
「もうさすがに迷いませんから」
「ほんとかよ」
ジルベルトは肩をすくめながらも、やはりまだキリのいいところまで出来てなかったのだろう、チラリと床を確認した。
リリアナとしても今日は、いや今はひとりで頭を整理したくて、ジルベルトが切り出す前に、「では!」と小屋の扉を出た。
まるで、逃げ出すように。