13 ティーパーティー
東西南北の客室に囲まれた庭園には大きな池があり、入り組んだ形をしている。見事にカーブを描いている区画もあれば、池に大きく地面が競り出ているところもある。その先には小さな島のような出島があり、飾り程度に橋もかけてある。
小さな島と言っても、令嬢や侍女達が集まってテーブルセットを囲む程度の広さは十分にあった。
リリアナはここで、四人の令嬢達と最後の晩餐ならぬ、ティーパーティーを開くことにしたのだ。
なかなかこの顔ぶれだけで集まることが出来なかった。まったく部屋から出てこない者、交流を持とうとしない者、そもそもライバルなんだから必要ないでしょスタンスの者、そんなバラバラな令嬢達を一ヶ所に、しかも王太子が存在しない場所に引っ張り出すことは、不可能と思われた。
だけれど先日のパーティーで、王太子の対応に興奮した令嬢達の間に、ライバルでありつつも共に闘う戦友的なものが少し芽生えたかのようにも取れたのだ。
ダメ元で提案してみれば、こうしてこの庭に一ヶ所に、同じテーブルを囲って四人の令嬢が揃うという奇跡が起きた。
リリアナは嬉しくて仕方ない。若干、令嬢達の会話が不発で沈黙が続いていようが、気にならない。何故なら自分がひたすらしゃべって盛り上げればいいのだから。
例えば「ジルベルト王子、確かに素敵でしたね。イメージと違いました」と振ってみれば。
「そうでしょ? わたくしが申した通り、輝かしい美しさと柔らかな物腰でしょ? リリアナ女官はいったいどんな想像をしていたのよ」
「あら、リリアナは初めてだったの? なあに? ジルベルト様のイメージってなんでしたの?」
「この方、王太子殿下に対して、陰湿なイメージだったと言ってたのよ」
「ええ?! どーしてそうなったの? リリアナらしいと言えばらしいけど」
ほれこのように、自分がひとつネタを提供すれば、あんなに険悪だったはずのオヴェストとスッドが会話を弾ませるのだ。若干、そのネタが“リリアナ弄り”に傾いているのは目をつむるとして。
何故か異様に盛り上がりだし、リリアナについての話で意気投合した二人の令嬢から居心地悪く抜け出すと、ポツンと椅子に座ってティーを飲んでいるノルドの元に寄った。
令嬢達の侍女には今回遠慮してもらって、遠巻きに待機させている。やっぱりいつもの塊でいると、上手く交わるチャンスを逃すと思っての案だ。
そのかわり、消極的なノルドが会話に加われず取り残された形になってしまう。そうでなくても、オヴェストとスッドの中に自ら飛び込むなんて、リリアナでも気合いがいることなのだ。
「ノルド様、王太子殿下とはパーティーで何かお話できました?」
パーティーでもやっぱりノルドは恥ずかしがって、自分からは仕掛けていなかった。何度かせっついたがモジモジしているばかりで、それはそれで可愛らしいのだが、王太子の内情を知ってる身としては待ってても相手はやってこないので自らアピールしてもらわねばならない。歌い手に聞き入っている王太子の横にノルドを押し込んだリリアナとしては、その後の成果をちゃんと知りたい。
「あの時は大変お世話になりました。リリアナさんに、わたくしの背中を押していただいたおかげで、少しばかりですがお話ができました」
文字通りにまさに「背中を押した」のだが、あの体力消耗はちゃんと報われたようだ。
「どうでした? 話してみた感じは」
「そうですね……」
ノルドは白い頬をポッと桃色に染めた。
「とても素敵で麗しくて直視が出来ず、もったいないことをしてしまいました。でもすぐ横でお話してくださる穏やかな声がとてもセクシーで、ドキドキいたしました」
(なんの感想だ)
リリアナはカクッと頭を落とした。
つまりきっと、会話はさほど発展しなかったのだろう。確かに、あの王太子の色っぽさは危険度が高いし、実際にリリアナも謎の目眩を覚えたほどだが、令嬢がそのようでは先が思いやられる。
リリアナ的には、このノルドが一番王太子にオススメだと思っていたので、せめてもう少し積極的になってもらわなければ、その気のない王太子の心に食い込めない。
リリアナは次に、もう一人の消極的を通り越してやる気のないエスト令嬢に向かおうとして辺りを見渡したのだが、いない。
「あれ? さっきまでいたのにっ」
出島周辺にはいなかったので、橋のところまで戻ると、その欄干に身体を預けるようにたそがれていた。
四人の令嬢達はそれぞれに美しく可愛らしいのだが、このエストは神秘的という言葉が似合う人である。まだ年齢が若いので美少女から美人への過程のさなかにいる、不安定でアンバランスな不思議な魅力がある。
その欄干にもたれかかる姿の絵画のような美しさに、リリアナは溜息が漏れるのだ。
(王太子め、なぜにこの美しさに食指が動かんっ)
18歳の乙女の台詞とは思えないモノを呑み込みながら近づいて、心がオッサンなリリアナは女官のお面を被りなおす。
「エスト様、こちらにいらしたのですか」
エストはふと顔をリリアナに向けたが、また池の水面に視線を落とした。
「わたくし、とてもあの方がたと溶け込めそうにないので」
やっぱり、というか予想はしていたが、キッパリ言われると寂しいものがある。
リリアナはエストのそばまで行き、同じように水面を覗いてみた。透明度があり、綺麗に整備されているのだろう、魚が鱗を光らせて気持ちよく泳いでいるのが見える。
「エスト様は、あまり積極的ではないですよね、むしろ避けていらっしゃいます」
「無理に仲よくしても、いいことなどないわ」
「ジルベルト様のことです」
「え?」
エストは初めてリリアナと視線を合わせた。戸惑うような探るようなその瞳を、リリアナはしっかり見つめ返す。
「王太子妃になるのが嫌なのであれば、辞退することも可能だと聞きました。家の事情で我慢しているのか、それとも何か別のことにとらわれているのか」
続けようとしてリリアナはピタリと口を閉じた。エストの瞳が大きく逸れたからだ。
「……エスト様、私に力になれることはありませんか? 女官としてだけでなく、ひとりの人間としてでも、ちょっと頼りないかもですが」
欄干をギュッと握りしめるエストの横顔は、黒髪に隠れてしまった。
少しの間があいて僅かに届いたのは、彼女の本音だったのだろうか。
「わたくしはただ、殿下のおそばにいられるのであれば、よいだけです」
そう言って、逃げるように出島のほうへ向かって小走りで去ってしまった。
リリアナはその後ろ姿を呆然と見送りつつも、客室棟でなくて出島に戻ってくれたことにホッとした。
しかしその直後に、「うーーむっ」と唸り声を上げながら腕を組む。エストへの違和感が余計に上書きされたように感じたのだ。
何がどうとまではすっきりと考えがたどり着けないのだが、彼女の今までの行動と先ほどの言葉が同じ所へ集約されているように思えない。
家から無理矢理に妃候補として送り出されたのかと思ったのだが、そうでもないのか。例えば、ここへ来る前から想いを寄せていた人がいたとか。
しかし、女官長から聞いた話では、本人が憂う事があるのなら辞退はいくらでも可能なのだと。招待する時にもその部分を強く本人に確認してから招いているのであって、懇親の期に客室棟にいるということは王太子との婚姻を強く望む者達だけだと言っても過言ではないのだと。
パーティーの時のエストの様子はいつもと変わりなく。だからと言ってまったく王太子と接触しようとしない、でもなく。むしろノルドよりは上手くやっていたという印象だ。最低基準の話ではあるけども。
「うーーむ、なんだろ、すっきりしないっ」
あと二日でこの仕事が終わる身としては、なにもかもが不完全燃焼な感じで、立つ鳥跡を濁しすぎではないだろうか、と悔やまれる。
「ま、仕方ないか」
それ以前に楽天家なリリアナは、サクッと頭を切り替えて、令嬢達のいる出島へ戻ることにした。
その時、その出島の方向から騒ぐような大きな声が聞こえて、リリアナは一気に血の気が引いた。すぐに駆け出す。
「やだーぁ、もー、喧嘩じゃないよねーっ!」
最後の仕事が小競り合いの仲裁とかであったら、この一月はなんだったのだろうか、と嘆かずにはいられない。